quattro


焦燥。

表情に変わりはないが、リゾットの心はこれまでにないほどその感情に支配されていた。


抱きかかえている名前の顔をもう一度見下ろす。



いつもでさえ白いそれが、かなり青ざめていた。

もはや痛々しい域に達している。



――なぜだ。なぜ……悲鳴を上げて逃げなかった。



彼にはわからなかった。


自分の仕事を、おそらく名前は察していたのだろう。


しかし、実際に見るのとではわけが違うのだ。


――ましてや、近づくなど……。



死体は確かにもう一つ増えた。

だが、それは残党と思われる奴だった。



――……部屋へ送り届けたら、去ろう。



もう二度と会うことはできない。


口止めなどせずとも、彼女が誰かに言いふらすことはないと、妙な自信がなぜかあった。



――ただ……一つだけ。


自分に恨みを持つ輩は少なからずいる。


それはもちろん、組織内かもしれないし、別かもしれない。


彼女が彼らに利用されることだけは、どうしても避けたいのだ。



――オレが、守る。そんな柄じゃあないが、やってみせる。

顔を合わすことはできなくても、名前を静かに見守ろう。



いまだ覚めることのない彼女をもう一度だけ見つめて、男は教会へと走った。






ギイイイイ


「ハア、ハ……ッ」


背中でなんとか扉を開け、講堂へ身を投じる。



そしてそのまま、名前の部屋に入った彼は、静かに安堵の息を漏らした。


――ここへ来れば、何も心配することはないだろう。しかし……軽いな。


ちゃんと、食事を取っているのだろうか。

今まで抱き上げていた少女をベッドへ預けながら、そんなことを考える。


だが、遠くで聞こえた定時を知らせる鐘の音に、リゾットはふっと彼女から離れた。



「名前……すまない」


謝罪に込めた意味は、彼にしかわからない。



自嘲するように目を伏せた男が、ドアノブへ手をかけたそのとき。



「う……ぁッ……!」


突如聞こえたうめき声。


何事かと振り返れば、名前は上体を起こしていた。

ところが、どこか様子がおかしいのだ。




相変わらず青白い顔に、額に滲む汗。


そして何より――ぎらついた深紅の瞳が印象的だった。



「リゾッ、ト……さ、ん……ッ」


「名前? どうしたッ!」


「ダメ……!」



近づこうとする彼に対し、必死な様子で制止をかける。


これでは、先程と逆ではないか。



ただただ彼女を見つめることしかできないリゾット。


ふらふらと立ち上がり、机へ向かおうとする名前。


「いったい、何を……」


「お願い、です……ッ、ここから遠、くへ……!」



何かを探しているのか、荒い呼吸でものを取り出していく。


右手は口を覆い、せわしなく動く左手。


――理由はわからない。だが……。



名前をこのままにする気はさらさらない。


「名前……こっちを向け」


「ッ、離し――」


「名前!!!」



刹那、止まる身体。


右手を名前の背へと回し、左手で彼女の口元を隠す右手を外せば――



「! これは……」


リゾットは思わず絶句した。

彼の視界に映るのは――



「……ッ」


≪人間≫にしては鋭すぎる八重歯。

よく考えれば、彼女は口を開けて笑いたがらなかった。


――つまり、名前は……≪吸血鬼≫。


馬鹿げているとは思う。


しかし、彼女は夜にしか会えないと、もう一方で肯定している自分もいるのだ。




「ッは、離して、ください……わた、し……もう誰も、リゾットさんを、傷つけたくない……ぅッ」


引き離そうとしているのか、再び身じろぎをする名前。

一方で、男の脳内にはある提案が浮かんでいた。



――そうだ、こうすればいい。



「落ち着くんだ、名前」



いやいやと首を振る彼女の後頭部へ手を持っていく。



そして、自分の舌を勢いよく噛んだ。


――飲まれて、どうなるかわからないが……。


口内に広がる鉄の味。


「! な、何を――」


「黙っていろ」


大きく目を見開く名前。


そのいつも見ている赤とは違う、美しい紅に引き寄せられるように、リゾットは彼女へ唇を押し当てた。




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