due




こうして貴方と過ごせる時が、愛しい。

二人で一つずつ作り出せる空間が、愛しい。

世界でただ一人。貴方が、リゾット・ネエロが、愛しい。




「大丈夫……大丈夫です。私は、ここに……リゾットさんのすぐ傍に居ます」


だから、遠すぎるなんて言わないで。


言葉は時に十分であり、時に不足だ。

今もこうして、足りないゆえにこの溢れる想いを伝えきれずにいる。



「……あ」


「名前」


刹那、頬に添えられるモノ。

顔を上げれば、慈しみが込められた瞳とかち合う。

その中に、泣きそうになっている自分を見とめて、名前は静かに眉尻を下げた。


ほら、私にそっと触れてくれる貴方の手は、こんなにも繊細で優しい。



「ヒカリだなんて、オレには勿体のない言葉だな」


「っ、でも――」


「だが、ありがとう」



見開かれる目。

その拍子に溢れ出てしまった彼女のナミダを唇で掬い上げてから、もう一度柔らかな頬をなでる。

そして、潤む深紅の視線と己の視線を合わせながら、ゆっくりと口を開いた。



「オレのこの手は、取り返しがつかないほど汚れている……」


「本来ならば、君にこうして触れることすら許されないのかもしれない」


親指を濡らしていく雫。

懸命に首を横へ振る少女に対し、男はただ≪望み≫を口にし続ける。


「たとえ、きっかけが≪業を滅ぼす業≫であったとしても……オレはあのとき復讐を選び、これからも世の中の言う≪正義≫とは異なった道を歩んでいく」


「しかし、ただ一つ……許しを請いたいことがある」


「ゆる、し?」


「……ああ、そうだ」



だが、求めているのは忠誠を誓った組織のボスの許しでも、自分たちを上から見据えている神の赦しでもない。


今、目の前で眼を赤く泣き腫らしている彼女に、請いたいのだ。





「名前……オレに、君のすべてをくれないか」



選んでほしい。

他でもない自分自身を。




「……好きだ」


結局、この子を手放せやしない――手放したくないのだ。

そう自覚してしまっては、もう己に嘘は付けない。

同時に、≪欲張り≫だと理解したとしても。


だからこそ、名前と出逢えた、この場所で欲深いオレは誓おう。

君が望んでくれる限り、決して傍を離れないと。






「ッ」


突如、いつの間にか止まっていた少女のナミダが、再び零れ出す。

当然ながらそれにギョッとしたのは、想いを告げたところのリゾットである。



「!? 名前、なぜますます泣いて……ッ」


「……ふふ、っごめんなさい……すごく、すごく嬉しくて」


「うれし、い? ……つまり、≪嫌≫というわけではないんだな?」



確認するように、こちらを覗き込む男。

その黒目がちな瞳に≪不安≫が見えて、名前は頭を振りながら無防備な彼へと抱きついた。


「! ど、どうした、名前」


小さな身体をしっかり抱き留め、リゾットは首に力強く回された腕に戸惑う。

このような状況、あの温厚な司教でもおそらく目を剥くだろう。

――何が起きているのかわからない……だが、何度こうして抱きしめても細く柔らかい……それに、扇情的だ。


そして、肩口に顔を埋められたことで、より鼻を擽っていく彼女の甘い甘い香りにクラリとしていると――



不意に、少女がこちらを見上げ、はにかんだ表情でおもむろに言葉を紡ぎ始めた。


「私は……たくさん存在したかもしれない≪可能性≫の中で、貴方に出逢えた。こう表現するのはおこがましいですが、すでに私は貴方を選んでいるんです」


消えた不安。

それにホッと安堵の息をつきながら、名前は≪答え≫を口にする。



「リゾットさん」



許しなんて、そもそも必要ないのだ。

この感情を彼に教えてもらったときから、自分の望みと答えは同じだったのだから。

けれども、それで貴方の瞳から途方もない冥暗が消え去ると言うならば。



「――貰ってください。私のすべてを」


自分の想いを、誓いを、確かな音にして伝えましょう。




「そう、か」


「はい……えへへ」



張り詰めていた空気は、もはやその場にない。

ふと、溶け込むように重なるのは、以前から近かった二つの人影。


「……司教様に見つかったら、怒られちゃうかもしれませんね」


「ふむ、その心配の必要はないだろう。これは……≪誓いのキス≫だからな」


「え……、んっ///」



闇を生き過ぎた二人に、太陽の光は微笑みかけないだろう。

だが、それでもいい。


そう告げるかのように、ステンドグラスから差し込む月明かりが慈愛に満ちた笑みで彼らを照らしていた。









È giurato domenica.
契り合うのは――儚く、愛しい永久。




※主日……日曜日のこと。



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