somma 〜35〜

※すぐ動きたがるリーダー





リゾットが目を覚ました翌日。


「〜〜っリゾットさん! まだ動いちゃダメって言ってるじゃないですか!」



彼の部屋では、数時間に一回のペースで少女の喝が飛んでいた。

しかし、タオルと洗面器を抱えて戻ってきた彼女に対し、男は平然と上体を起こし眼鏡をかけようとしている。


「名前……心配するな。これでも鍛えているんだ。銃弾の一つぐらい、どうってことはない」


「鍛える鍛えていないは関係ありません! それに、毒だって抜けきってないんですから……っ」



持っていたものをさっと床に置き、彼の隣に腰を下ろす名前。

そして、机にある本を取ろうと手を伸ばすリゾットの腕を、彼女はすかさず両手で止めた。

不満げな赤がこちらを射抜くが、そんなものは無視だ。



「リゾットさん……お願いです。お願いだから……無茶、しないでください」



己の眼鏡越しに見える、少女の濡れた目尻。

男は、たとえ嵐の中でも一輪の花が咲き続けているような強く、優しい彼女の笑顔と、その儚げで美しいナミダにひどく弱かった。



「……名前」



その慈悲深い紅に溢れ出る、自分への心配。

自身を責める必要などないのに、彼女の下唇を噛む癖が示す後悔。

腕にそっと置かれた、小さいのに何もかもを――己の闇までも包み込んでしまいそうなほっそりとした手。


心地よくも、張り詰めた空気。



「…………わかった」


「!」



足先と指先といった末端に残る痺れ。

身体がいまだ怠さを帯びているのは、事実だ。

血の巡りは良好になったものの、微熱は取れないでいる。

そして、修道服の袖を捲り献身的に動いてくれる名前の、この透き通るような瞳に暗い影をできる限り落としたくもない。




しかし――



「三十分だ」


「……はい?」



己の体調は把握している(つもり)だ。

だからこそ、今のリゾットには≪どうしても≫やっておきたいことがあった。

一方、目を丸くしたかと思えば、その言葉の意図を悟り俯く少女。



「三十分だけ、この本を読ませてくれ。そうしたら――」


「ッそう言って、お昼も二時間起きていたんでしょうが……!」


「グッ!?」


肩を掴む両手。


ドサッ

不意に後ろへ押される身体。

先程まで感じていたベッドの感触を再び背で捉えながら、天井を見上げる。



そこには――


「リゾットさん……貴方が寝てくださるまで、絶対に退きませんからね?」


自分の腰辺りに跨り、唇を尖らせた名前が珍しく怒った表情でこちらを見下ろしていた。

だが、彼女は気付いているのだろうか。



この体勢は、まさにマウントポジション――男にとってはご褒美であると。



「ッ、名前……」


「なんですか? というより、早く寝てください!」



――無理だ、寝られるはずがない。


むしろ寝たくない。

寝間着越しにはっきりと感じる腹筋へ置かれた少女の両手を、今すぐにでも掴んで、あれよこれよとしてしまいたい。


むすっとした名前も可愛い。

照明が浮き彫りにするその扇情的な姿に、リゾットがそーっと手を動かし始めたそのとき。





「リーダー! これ、報告書なん……だけ……ど……?」


運悪くも、ノックをせずにドアを開けてしまったイルーゾォ。

視界を覆う衝撃的な光景に、彼も思わず引きつった笑いを浮かべてしまう。



「は、はははは……そう、だよね……うん、うん」


「? あの、イルーゾォさん?」


「いや、弁解はいいんだよ……うん、二人がヤってんのは前から知ってたんだし……ははは、それでもオレにとって名前は輝いているというか、憧れの存在なんだし……うん、たとえ上に乗ってシてても……それがどんなに艶やかで色っぽすぎても…………っ、うわああああああッ!!!」


「え!? ちょ、イルーゾォさん! よくわからないですけど、とにかく何か誤解して――」



扉から消えた男の姿。

絶叫に近いそれを聞き、慌てて名前はリゾットの上から身体をずらそうとした、が。



ガシィッ



「え!?」


「……オレが寝るまでは、退かないんだろう?」


「! で、でもっ、なんだかイルーゾォさん……!」



自分と廊下を交互に見て、眉尻を下げる名前。

ああ、やはりその表情も可愛い。


彼女を想い、出逢うまで無と言えた心臓が何度も――今も色づくのを自覚しながら、男は掴んだままの手首をクイッと引き寄せた。



「きゃっ」


自分の胸元へ倒れ込む少女。

その黒髪の隙間から覗く耳へ、ひどく静かに、ゆっくりと囁きかける。



「名前……眠る代わりに条件がある」


「! っ、条件、ですか……んっ」


彼の鼓膜を震わせるテノールが、修道服で隠された細い腰に響くのだろう。

ピクリと反応した名前の肩甲骨をツーとなぞり、深い笑みを湛えたリゾットは静かにその≪条件≫を口にした。




「ああ……今からシよう。そうしたら、きっと力尽き果てて、オレもぐっすり眠れるはずだ」


「!?」



部屋の外から聞こえる何かが――おそらくイルーゾォだろうが――転ぶ強烈な音。

それを耳にしながら、男は今にも羞恥で逃げ出しそうな少女を離さないために、己の腕の力を強めるのだった。




続く。



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