対峙する男二人。
ちなみに、名前は今男の飲み水を取りに、キッチンへ向かっているところだ。
「……」
「……ったく、あの場にいる奴ら、ほぼ即死にしやがって……。まあ、一人瀕死の……それも名前を攫った張本人の男は捕獲できたからよかったけどよ」
一室を静寂が包む中――それを破ったのは、煙草を取り出そうとして手を止めたプロシュートの方だった。
その文句も含めた言葉に、こちらへ鋭さを帯びた目で睨み上げるリゾットは、まさに暗殺チームリーダーの顔をしている。
「結果は、出たのか」
「ああ。≪ヤク≫というキーワードがあった時点で、想像はついていたが……ホルマジオの拷問で吐いたぜ。≪どこ≫から名前のことを聞いたか、な」
「……組織、か」
≪人物≫ではなく≪場所≫。
彼の言い方にこれでもかと言うほど眉をひそめ、自分を覆う白い布団へと視線を落とすリゾット。
予想はしていた。
しかし、確信は得られていなかった。
以前、少女を捕らえていたのは自分たちの属する組織だ。
つまり、名前が吸血鬼であることを知るのは、この暗殺チームと組織しかいない。
「チッ、オレらも甘く見られたもんだぜ……いや、裏切らないっていう≪保障≫が奴さんにあるだけか」
「……」
「リゾット……お前、まだ≪諦めて≫ねえんだろ?」
「……無論だ」
いくつものしわが出来上がる布。
それを一瞥してから、今度こそプロシュートは明かりで煌めくライターで煙草の火を点ける。
「ハン、それを聞いて安心したぜ……だがよ、名前は≪どうする≫気だ?」
「……」
ゆらゆらと立ち上る紫煙。
それとともに、吐き出された問い。
簡単に答えが出るものではない――そうプロシュート自身もわかっているからこそ、黙り込んだリゾットの肩を考えから解放するようにポンと叩いた。
「ま、今は治療に専念しな。お前の命を必死こいてつないだ名前のためにも、完治させろ。任務はオレらでなんとかする」
「ああ、すまない……名前は、スタンドを?」
一変した表情。
その変わりように、この男もわかりやすくなったもんだ――と苦笑しながら、彼が首を横へ振る。
「いいや。スタンド≪だけ≫じゃあ、テメーはまだおねんねしてただろうよ」
「? それはどういう――」
「……輸血、したんだ。お前の血液が毒で濁ってるって見切りつけようとした闇医者に、名前自ら名乗り出て、な」
「――」
頭が理解しようとしない。
だが、詳細を聞かねばと口を開いたそのときだった。
「ごめんなさい、メローネさんになぜか捕まっちゃって……あ、プロシュートさん」
「!」
「よ、名前。つーわけで、長居するのもアレだし、オレは自分の部屋へ戻るぜ……頑張れよ」
「? は、はい」
お盆を手にきょとんとする名前の横を通り過ぎ、部屋を出る。
さて、どう転ぶか――自分もずいぶんおせっかいになったものだ、と自嘲の笑みを浮かべてプロシュートは廊下を歩き始めるのだった。
「……」
「えと、リゾットさん。お水、飲まれますか?」
「いや……それより、確認したいことがあるんだが、いいか?」
いまだ不思議そうな少女を手招きし、ベッドの横にある椅子へと座らせる。
そして――
「名前。プロシュートから聞いた……オレに輸血を施したと」
「!」
「……なぜ、そのようなことをした」
和紙に落とした墨汁のように広がっていく感情――小さな怒りに任せて、驚く彼女を問い質していく。
しかし、名前は申し訳なさそうに眉尻を下げ、
「リゾットさん、心配しないでください。私は……昔、どこかで知った≪血を戻す≫方法を使っただけです。だから、私の血がリゾットさんに注がれたわけでも、リゾットさんが吸血鬼になってしまうわけでもありません。……貴方の血を、お返ししただけです」
と、ある意味的外れのことを呟くばかり。
――そうじゃない。
――そうじゃ、ないんだ。
「違う……」
「え?」
「オレが尋ねているのは、そういうことじゃあないッ! なぜ、名前がそんな≪危険な真似≫をしたのかとオレは聞いているんだ!」
血を飲まなければ、彼女は生きられない。
つまり、血を減らすことは言うなれば≪自殺行為≫に近いのだ。
だからこそ、少女に生きてほしいリゾットは理解ができなかった。
だが、それは名前も同じなのである。
「……わからないんですか?」
「!」
「私は……私は、リゾットさんに生きてほしんです!」
原作より、少しでいい。
少しでもいいから、長く生きてほしい。
ガタン、と立ち上がったことで椅子が倒れる音を聞きながら、少女は思いの丈を叫び始める。
「生きて……精一杯生きて、幸せになってほしいんです……!」
非業の死を迎えないように。
「お願いです! どうか……私のために、命を落とさないで……!」
こんなにも優しい彼が、自分のせいで死ぬのは見たくなかった。
「独りよがりだって、勝手だって……わかっています。でも……でも……っ」
溢れ出す想いとナミダ。
あやふやになっていく記憶の中で、唯一鮮明な彼の死にざま。
それを止められるのであれば、自分は日差しの下でさえも飛び出してみせる。
深紅の瞳を決意で揺蕩わせ、下唇を強く噛んだ次の瞬間。
「……勝手だと、理解しているのなら……なぜだ」
冷たくも怒りの潜む声に、弾かれたように名前が顔を上げる。
そこには、切なげに、苦しげに眉根を寄せたリゾットが自分をまっすぐに見つめていた。
「そう理解しているのならなぜッ! なぜ、名前が生きてくれることが……オレの幸せの前提であると気付かない!?」
「ッ!」
「昨年の夏、幹部に君が脅されたときも、辛いに違いない吸血衝動に苦しんでいたときも、あの廃屋で男に銃を向けられたときも……今回もそうだ。なぜ……もっと自分を大切にしない!?」
幸せになってほしい。
そう願うのは、自分だって同じだ。
目を伏せる少女の腕を強引に引き寄せ、抱きしめる。
確かにある体温。
たとえそうであっても、いつだって名前は自分を後回しにしてしまう。
――吸血鬼だから、簡単には死なない?
≪その事実≫に一番苦しんでいるのは、名前自身ではないか。
「名前……一つだ。今、一つでいいから、聞いてほしいことがある」
「っ、リゾッ、トさん……」
「以前は……オレは、君が生きてくれるだけでよかったんだ」
でも、今は違う。
この≪幸せ≫は、願うだけでは足りない。
「命の期限が違うことなど、どうでもいい。人間であることや吸血鬼であることも関係ない、名前は名前だ……どうか、≪オレと≫生きてほしい」
「!」
太陽の光を浴びない限り、嫌でも保障されてしまった命。
≪それでもいい≫――と言葉を紡ぎ、抱き寄せてくれる彼は、やはり優しすぎる。
だが、その想いこそが彼女を永遠と呼べる闇から掬い上げるのだ。
「本当に……っ本当に、いいんですか?」
「当然だ。不安だと言うのなら、何度でも口にしよう……オレは、名前がいいんだ」
だから、頷いてほしい。
ベッドへ乗り上げる形の少女の柔らかな頬を、両手で包む。
それから、男はそれぞれの意味を込めて、艶やかな黒髪、泣きすぎて少しだけ腫れている瞼、そして色づいた唇へ口付けを贈る。
耳に届くその小さなリップ音にはにかみながら、彼女は本当に嬉しそうに首を縦に振った。
「っ、はい……!」
重ねられた二人の幸せ。
服越しにありありと感じられる、自分とは違うぬくもり。
赤と紅の瞳に愛しさと切なさを滲ませながら、リゾットと名前は飽きることなく互いの視線を交わらせ続けていた。
to be continued...
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