uno





「……」



視界を覆うのは、見慣れた天井。


身体がやけに重い。

そんな文句を頭の片隅で思い浮かべながら、リゾットはそろりと目だけを斜め左下へと移した。








Felicità che ricopre
生があってこその、幸せ。








己の左手を強く握っている、白く細い右手。


「……名前……?」



カーテン越しの光が照らすのは、ベッドの端で伏せられている少女の寝顔。

苦しそうに、小さく寄せられた眉。

ほんのりと赤らんだ頬に残る、涙の痕。


ずっと、傍にいてくれたのだろうか。



「名前……」


自分は今、生きている。

これほどまでに、生にしがみついてよかったと思えるときがあっただろうか。


彼女の名前を呼べる。

彼女に触れられる。

彼女へ≪想い≫を告げられる。



幾度となく身体を重ねておきながら、この小さな手を取り、歩いたことは一度もなかった。


――もう、離したくない。


己の心、感情に従うまま、左の指にそっと力を入れたそのとき。



「……ん……っ」


薄く開かれた美しい深紅の瞳と、目が合った。

見る見るうちに丸くなる名前の眼。

それにリゾットは小さく口元を緩める。



「ぁ、え……リゾット、さん……?」


「……おはよう、名前」



テノールが、静かに部屋を覆った。

次の瞬間、上半身に走った衝撃とともに、胸元に感じたのは自分とは違う体温。



「ッリゾットさん! リゾットさん……!」


「っ、すまない……心配をかけた」


「ぐす、謝らな、でくださいッ! リゾットさんの……バカ……バカぁっ!」


珍しく投げかけられる罵倒とともに、彼女から感じるのは大きな安堵。

自然と首に回されている細腕。


また泣かせてしまった――己の服に染みていくナミダに苦笑を漏らしつつ、リゾットは久しぶりに動かす両腕で少女の存在をきつく抱き寄せ、確かめるのだった。









「リーダー! やっと生き返ったんだな!?」


「……ホルマジオ、オレをゾンビのように言うんじゃあない」


「まあまあ、そう言うなって! ほら、うめェ酒持ってきてやったからよ!」


「病人に渡すものか? それは」



その後、名前の報告を受けたのか、続々と見舞いに来た仲間たち。

まず、ホルマジオには明らかに今は飲めないモノを渡され、



「はああ……リーダーが死ぬわけないとは思ってたけどさ……ほんとよかった」


「……部屋の鏡からジャッポーネのホラー映画のように現れるのはやめてくれないか、イルーゾォ」


「ああ、ごめん。仕事続きなのもあって、少しうたた寝してたんだよ。……で、慌てて起きたらこうなった」


「……」



黒髪であることも相まって、イルーゾォには背筋が凍るような恐怖を味わわされ、



「〜〜ッこのクソリゾットが!」


「グッ!? ギア、ッチョ……なに、を……」


「し、心配させんじゃねえよッ! 名前もテメーも、無理しやがってエエ……クソ、クソが……ッ」


「? ギアッチョ、お前まさか泣いて――」


「ッ、もう一度くたばりやがれ!」



鼻を少し赤くしたギアッチョには、鍛えてはいるものの、油断したみぞおちにグーパンを食らわされ、



「あー、よかった。ほんとリーダーが死んだらどうなることかと……三途の川から帰ってきてくれてグラッツェ!」


「メローネ、お前……(少し感動中)」


「あ、ちなみに言っておくけど。さすがにあんたが息吹き返した時に可哀そうだからさ……名前は寝取らないであげたぜ? なッ? オレってディモールト優しくね?」


「……、メタリ――」


「おっと、危ない危ない! じゃ、オレはこの辺で! そこに置いてあるのはオレからのプレゼントだから、有意義に使ってくれよ? チャオ!」



ある意味演技派とも言えるメローネには、≪名前に少しだけ風貌が似た女優の≫とてつもなくいかがわしい写真集をお見舞いされ、



「リーダー! オレ、前にリーダーが日本食に興味あるって言ってたのを思い出して、日本の≪お粥≫を作ってみたんす!」


「(粥……)ああ、ありがとう。ペッシ」



わざとではない、思いやりに溢れた食事を笑顔のペッシから頂き、



「よお。土気色だった顔が、嘘みてえじゃねえか」


「……プロシュート」



彼と入れ替わるようにやってきたのは、いつも通り皮肉気に笑うプロシュートだった。



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