ぴちゃり、という足元で聞こえた音に、リゾットは我に返る。
――そうだ、オレは仕事を遂行させて、それから……。
見慣れてしまった赤黒いものを視界に入れながら、目の前で立ち尽くしている名前を一瞥する。
目撃者は消さなければいけない。
それは組織の掟でもなく、チームで決めたことでもない。
彼らの中でできた、暗黙のルールなのだ。
「……リゾット、さん……私――」
「来るな」
広がる赤を踏み越えようとした彼女に、できる限り冷たく言い放つ。
これが、自分と名前の間にある≪壁≫なのだ。
決して壊すことのできないそれを睨みつけるのは、自戒ゆえか。
しかし、彼らの生業を知っている名前が、その一言で怯むわけがないのだ。
「いいえ、それはできません」
右足を踏み出す少女。
一瞬だけ、驚きに目を見開いていた男は、淡々と呟く。
「……名前、話を聞くんだ」
「ええ、聞きます。でも、それは貴方に近づいてからにします」
「そこを止まれッ! 君が踏み越えれば――」
死 体 が も う 一 つ 増 え て し ま う。
そのときだった。
彼女の後ろから迫る、影に気づいたのは。
「ギャハハハハハッ! こいつを人質にでもしてやらあ!」
「え……!」
刹那、降りかかる生温かい何かに、名前は思わず目を瞑ってしまっていた。
耳に届くのは、男の断末魔と地面へ叩きつけられていく金属音のみ。
そして、薄らと瞼を上げれば、下に転がる死体。
鼻を刺激する血の――食糧の匂い。
――ダメ、ダメだよ、私……!
迫る空腹感。
両手に滲む、深紅。
カタカタと震え始める身体。
背後に感じる彼の気配。
きっと、目撃者は生かしておけないのだろう。
しかし――殺されても、そう簡単に死ぬかわからない。
――だって、私は……――――
次の瞬間、意識を失った名前の身体は静かに崩れ落ちる。
なぜか包まれた温かい≪何か≫がわからないまま、ゆっくりと目を閉じた。
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