uno




一定のテンポで刻まれていく振動。

ゆりかごよりは速いそれに、リゾットは静かに瞼を上げる。



「……?」


――オレは……何を……。



明るさを帯びた視界に広がるのは、いくつもの座席。

人気のない空間。

少しだけ顔を横へ向ければ、青空と深い緑色をした森林が通り過ぎていく。



「……」


自分はなぜ、≪列車≫にこうして乗り込んでいるのだろうか。

そろりと視線を己の身体へ移してみるが、変わったところは何もない。



いや、≪何もないこと≫がおかしいのだ。


背中を抉ったはずの銃弾。

失われていった体温。

血と引き換えに染み込んだモノ――おそらく弾丸には≪毒≫が仕込まれていたのだろう。



――それらすべてが、なくなっている。



「名前……」




夢か、もしくは死後の世界。


どちらでも構わない――とはさすがにならないが、彼女のことが心配だ。



――とにかく、現状把握からだな……。



相変わらず列車は走り続けている。

目の前の座席の上に手を置き、リゾットが立ち上がったそのときだった。





「!」


車両と車両をつなぐ扉。

その前に立つ――影を纏う少女。


こちらに背を向けているが、その風貌はまさに――



「……名前?」


愛しい彼女にそっくりなのだ。

しかし、漆黒の少女が自分を振り返ることは決してない。


それに違和感を抱きながら、一歩一歩と近付けば、背中越しに見えた≪あるもの≫に彼は目を見開く。


「なぜ、それを……」



少女が大事そうに両手で抱えているのは、一本の矢。

組織の入団試験で使用されると噂の、アレに姿がそっくりなのだ。



いや、そのものなのかもしれない。


確かめなければ――カツカツと靴を鳴らしながら、リゾットは腕を伸ばした、が。




「……、……が」


「!」



小さく動かされる口。

この少女は名前ではない、と自戒の意味も込めてすぐさま足を止める。



すると――







「ア…………≪シ≫……、……タ……」


「!?」



途切れ途切れに届く言葉。

それに耳を傾けようとした瞬間――突然、後ろへ強く引き寄せられた。



まるで、死から生へ抱き上げられるような感覚。





「――ッ、名前!!」



影の中で吊り上った少女の口角。

遠ざかっていく彼女に手を伸ばしながら、リゾットはただただその微笑みの≪真意≫を問い続けていた。









Una ragazza nera e freccia
しかし目覚めた刹那、それは消えゆく――





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