「……っ……?」
「ケッ、ようやくお目覚めか? 吸血鬼さんよォ」
「!」
視界に映る――自分を攫った男に名前は大きく目を見開く。
そして、勢いよく周りを見渡せば、ここが光の一切届かない廃屋であることがわかった。
「ん……んんっ!」
口を覆い、両手首と足首をきつく縛る布。
疲労によって融通の聞かない身体。
深紅の瞳で睨み上げても、男はただ笑うばかり。
「おいおい。そんな睨むなって……」
「ずいぶん威勢のいい吸血鬼みてぇだな。こりゃあいい金になりそうだ」
突如、聞こえた声。
近付く靴音に恐る恐る振り返ると、明らかに目前の男とは雰囲気が異なった男が一人。
その周りには、黒スーツを身に纏った者たちが十人以上並んでいる。
「へへ、そうっしょ?」
「だがよォ……おめぇさんら、この女が金づるになるっていう証拠は、あんのか?」
ドスの利いた声によって、その場を支配する威圧感。
男がヒュッと息をのむのを聞きながら、名前はなんとか逃げ出そうと静かにもがいていた。
どこのギャングかわからないが、渡されれば何をされるかわからない。
「んっ……ん……!」
薄暗い中、後ろ手に回された自分の腕を懸命に動かす。
布に血が滲み、手首が痛みに悲鳴を上げても、ここにいるよりはマシだ。
――私は……私には、戻りたい場所が……!
もう少しで、外れそうだ。
そう確信した――ときだった。
パアンッ
耳を劈く、乾いた音。
「! んーッ!」
「チッ、お嬢ちゃん……勝手なことしてもらっちゃあ困るぜ。こっちは商売中なんだからな」
「っ、ふ……ぅ……ッ」
向けられている銃口。
そこから立ち上る灰色の煙。
焦げ跡の残る自分の黒い修道服。
じくじくと熱と痛みを帯びる左のふくらはぎ。
撃たれた――そう自覚すれば、さらに足を襲う鋭さは増していく。
「……うわ、容赦ねえ」
「≪人間≫じゃあないなら、すぐ戻んだろ?」
「! そ、そうっすね! で……お金の方は……」
引きつった表情でこちらを一瞥してから、威厳に満ちた男へ近付く男。
銃弾が掠めた衝撃ゆえか、ぼんやりとする脳内でふと名前は攫われたときのことを思い出す。
――……アレ、ってなんのことなんだろう。
「……悪いようにはしねえさ。口座を見に行きゃあわかる」
「まじっすか!? よし……これで、これで……≪ヤク≫が貰える……!」
「!」
ヤク。
つまり、麻薬。
そう悟った瞬間、彼女の頭にはやはり≪組織≫が浮かんでしまう。
「んっ、んん、んー!」
「ったく……また暴れ出しやがって……足だけじゃ足りねえってか?」
カチャリ
椅子から仰々しく男が立ち上がった。
その手には黒い塊。
「……」
そして、少女のこめかみに当たるひやりと冷たいもの。
「頼むから、死んでくれんなよ」
「ッ」
数秒後を想像して、固まる身体。
彼女の≪人間らしさ≫にあくどい笑みを湛えながら、男が引き金を引き始めたそのとき。
カラン
少し離れた場所で、金属音が響いた。
「? おい、誰か――」
「ガハッ!」
「グ……ゴフ、ッ!」
「!? お前らどうしたァ!」
「『メタリカ』」
「!」
耳に優しく残るテノール。
廃屋を射す光と呼ぶには弱い――灯。
それを纏ったのは、会いたくてたまらなかった人。
「ッ貴様は、パッショーネの……!」
――リゾット、さん……。
リゾットのスッと細められた瞳には、これまでにないほど強い怒りの炎が宿っていた。
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