due



それからというものの、リゾットが名前のもとへ訪れるのは、夜が定番となっていた。


司教を起こしてしまわないよう、小声でする会話。


交わしていく言葉の中で、もっとも驚いたのは彼女の年齢。


「……二十一?」


「はい、そうですよ?」


――せいぜい、十七、八かと……。


まさに≪童顔≫という単語が似合うだろう。



「そんなに、意外ですか?」


「ああ。オレと五つしか違わないとは思いもしなかった」


「……どうせ幼いですよー」


彼が思ったことをそのまま口に出せば、これでもかと言うほど頬を膨らませふてくされる少女――いや、女性というべきなのか。


そんな表情が可愛くて仕方ないリゾットだったが、この感情がどこから来るかなど考えもしなかったのである。




また、名前の呟いた言葉の真意がようやく理解できた日もあった。


ギイイイイ


いつも通り、静寂であろう夜の教会へと彼は足を踏み入れた、が。


「だーかーらー。名前ちゃんが奉仕してくれりゃあ、俺らも税金払うんだって」


「そ、そんな条件おかしいです……っ」


思わぬ喧騒に、眉をひそめるリゾット。


しかしそれ以上に、聞き捨てならない単語がいくつかあった。


――名前≪ちゃん≫? 奉仕……だと?


姿はぼんやりとしか見えないが、下卑た男数人の笑いと、怯えを含んだ彼女の声は耳に届く。


名前が何に怯えているかなど、わかりきっていた。


――まさか、≪慣れて≫いるというのは……。


いつも、このようにして迫られているのだろうか。



――……気に入らないな。


鋭さを帯びた赤い目。


次にとる、男の行動は決まっていた。




「……何をしている」


「! な、なんだあんた!」



突如背後から聞こえたテノールの声に、おののく男たち。


リゾットにとって気配を消すなど、イタリア男特有のナンパより容易いことだった。


「り、リゾットさん……っ」


安堵したような名前の声。


そう、これが落ち着くのだ。



「あ……そ、そうか! あんたも、名前ちゃん狙いなんだな? はは、そうだろそうだろ! でも、ダメだぜ。この子は俺たちが――」


「消えろ」


耳を突き抜けていくそれが何よりも不快で、知らぬ間に圧を込めた一言が口から飛び出していた。




「……名前」


「あ、あの……助けていただいてありがとうございます」


数分後、静寂へと戻った教会の中には、男女二人だけがたたずんでいた。


「怪我は、ないか」


「はい」


ようやく見えた顔を覗けば、小さく寄せられている眉。


「……嘘をついているな?」


「えっ……きゃ!」



勢いよく抱き寄せれば、上がる悲鳴。


それに構うことなく、リゾットは名前の修道服の上をペタペタと触っていく。


「ち、違います、リゾットさん! そこじゃ……あ」


「……どこだ」


羞恥のあまり、自分の失言に気づいていなかったらしい。

しまった、という表情をする彼女に、身体を離さないまま問いかける。


もちろん、拒否を許したりはしない。


「……ここ、です」


差し出された両腕。

よくよく見れば、手首に赤い痕が残っていた。


「強く、握られちゃって……えへへ」


「……部屋へ行くぞ」


「え? ちょ、リゾットさん……!」


その後、尋問のような質問を繰り返していくと、司教が留守のときを狙って、男たちは彼女を訪れるということがわかった。

毎回、名前は部屋へ逃げ込むことでなんとか追い返しているらしいが、時には朝まで扉の前で待たれることもあるようだ。


――口からカミソリでは済ませられないな。


そんな物騒なことを思いつつ、彼女の艶やかな黒髪をなでる。


「でも、今回は本当に危なかったから……リゾットさんが来てくれて助かりました」

こちらを見上げ、ふっと微笑む少女。


ちなみに、いまだに彼女は男の腕の中である。


名前も最初はかなり暴れていたが、力強いそれに無駄なあがきだと諦めたのだろう。


今は大人しく抱き込まれている。


――このままいたい、なんてどうかしてるな。



彼は確かに、≪幸せ≫を感じていたのだ。





「ねえねえ、リーダー」


「……メローネ、今は食事中だぞ」


「最近さあ、今まで以上に朝帰り多いよね?」



刹那、凍りつく食卓。


皆が口から食べ物をこぼし、矛盾について喋り続けていた男でさえも話すことをやめる。


さらには、すでに食事を終え、ソファでいちゃついていた二人ですらこちらを見つめているではないか。



「……なんのことだ」


「はは、しらばっくれちゃってー! 見ちゃったんだからね? リーダーがにやにやしながら帰ってきたところ。ね、ホルマジオ」


「ちょ、なんで俺に振るんだよ!」



パスタを掻き込んでいた坊主頭の男が、再び吹き出す。


その隣にいた、黒髪ロングヘアーの男が淡々と彼へタオルを差し出す。


しかし、彼の顔はこれでもかと言うほど必死に笑いを堪えていた。



「だって、オレと過ごしてたじゃん、あの日の朝はさ」


「……その表現、明らかに誤解を生むからやめろ! まあ、確かに。プロシュートが朝帰りなら納得いくけどよ……リーダーだもんなあ」


「おい、テメー、チーズ野郎。なんでオレだと納得いくんだ」


「ったく、それはお前自身がよーくわかってんじゃあねェの?」


「……んだと……?」


睨み合う年長組。しかし、彼らほど酒の席で気の合う奴らはいないだろう。



「ごちそうさま」


「あ、リーダー! ……行っちゃった」


「チッ、テメーがリゾットに変なこと聞くからだろうが! おかげでメシが冷えちまったじゃねえか! クソッ!」


「いや、ギアッチョ。お前の場合、元々喋ってただからな気がすんだけど……」


「イルーゾォ! それはシーッす!」



静寂になることのない背後を感じながら、ひっそりとため息をついたリゾットは、いつもの服へと着替える。


――今日は、組織の裏切り者の始末か。


終わったら、名前に会いに行こう。



このときはいつも通りに、ことが進むと思っていたのだ。



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