『…はい』


呼び鈴を鳴らすと、インターホンからすぐに声が聞こえた。
不機嫌そうなその声音を聞くに、勧誘か何かだと思われているのだろう。
彼らしくて、思わず口元に笑みを浮かべて、口を開く。


「…朝井さん?俺、翔太だけど」

『…はあ?なんで来たの』


一瞬の間の後、驚いたような声に変わって、先程の不機嫌声との差がおかしくてイタズラが成功した後の子供のように笑った。
笑う木佐に対して、今きっと朝井の顔は不機嫌な色に染まっているだろうから、すぐに言葉を口に出す。


「来てもいーだろ。ドア開けて」

『…ったくお前、ネコじゃあるまいし連絡寄越してから来いよな。…いや、ネコか。お前は』

「うっさいよ!いーから開けてってば!!」


平然とした声で下ネタを挟んでくるから思わず大きな声で言えば『ハイハイ』と返事が返され、プツリとインターホンから声が途切れる。
その後しばらくするとドアが開いて、見慣れているはずの顔が覗くけれど、その顔にはいつもとは違う装飾品があり、思わず目を見開いた。


「…あ?翔太?なにその顔」


すぐに朝井もそんな木佐に気付いたようで、慌てて『いや…』と言葉を濁す。


「…朝井さんって、目悪いの?」

「は?…あー、そっか。眼鏡かけてんの、見るの初めてだっけ?」


『いいから入れよ』と木佐の手を引いて部屋に引きずり込みながら朝井は言う。


「コンタクトもあるんだけど、仕事場とか家では眼鏡だな」


『コンタクトは目が疲れるから』と朝井は告げて、重くもないのに木佐の手荷物を自然な仕草で手から受け取り、部屋まで持って行ってくれる。


(女の子じゃあるまいし、んなことしてくれなくていーんだけど)


それでも一般の男よりずっと綺麗な顔をしている朝井にそんなことをされて、悪い気はしない。
…この思考に、少女漫画編集をしているせいで乙女心が浸透してきている事実を認めざるを得なくて若干つらい。
そんな思考を振り払うように口を開いた。


「でも朝井さん、眼鏡すごい似合うね。これでスーツなら、なんかバリバリ仕事できる感じじゃん?」

「…ハッ、惚れんじゃねーぞ?翔太」


鼻で笑ってそうからかう朝井に木佐はムッとして口を開く。


「惚れねーよ、バーカッ!…でもさ、俺と会うときはいっつもたまたまコンタクトだったんだ?」


それってスッゲー偶然だよな、と笑えば、木佐の手荷物をソファに置きながら朝井は言う。


「…偶然じゃねーよ?」

「え?」

「だから、偶然じゃない」


そう言うと朝井は木佐に近づき、その頬に指先を滑らせる。
そっと木佐の顔を上向かせて視線を合わせると目を細めて笑った。


「だってコンタクトの方が、…よく見えるだろ?」


『翔太の顔』と朝井が告げるから、木佐は呆れたような顔をした。


「…寒いから、そういうの」

「そりゃあ残念。女はこれで結構堕ちるんだけどな」


『バッカじゃねーの!!そこらの女と一緒にすんな!』と木佐が叫べば、『そりゃあ失礼しました』と、愉快そうに朝井は笑う。


「…じゃあホントのこと教えてやるよ」

「は?」


『何?』と尋ねようとした木佐の唇を、朝井は己の唇で塞ぐ。
…眉間の下あたりに、冷たい朝井の眼鏡のフレームが触れた。
ちゅ、っと甘く木佐の唇を吸ってから、それは離れる。




「…キス、しづれーだろ?」




『な?』と言われて思わず頬が染まる。



「…翔太と会う時は、絶対ヤりたいから。激しく動くと、邪魔なんだよ」



『眼鏡』と紡ぐ目の前の男にカッとなって、思わず木佐は握った手で彼を殴ろうとしたけれど、軽く受け流されてクスクスと朝井は笑い、棚の上のレンズケースを手に取った。


「さーて翔太とキスしたいから、コンタクトに変えて来るかね」

「…朝井さん!」


真っ赤な顔で声高に叫ぶ木佐に朝井は笑う。
そうして『戻るまでイイコで待ってろよ、翔太』と声をかけ、朝井は上機嫌で洗面所に向かった。





2011.07.31
2011.08.07修正

朝井さんがコンタクトな理由。
その理由の先には、きっと、甘い罠。





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