触れるもの


「さーいーちー!おきて!」

強く揺すってみるが全く起きる気配がない。昨日は仕事で疲れていたらしく、寝る準備をしていた私を抱き込むとそのまま布団に倒れ込んで寝てしまった。腰に巻かれた手は朝になってもそのままで、佐一が起きないと起き上がれない状態である。厚い胸板に耳を当てると力強い心臓の音。目を閉じて耳に伝わる音に意識を持っていかれそうになり、慌てて目を開ける。今日は予定が入っているのだ。こんな事をしている場合ではない。

「さーいーちー」

顔が真正面に来るように体の位置をずらす。男にしては長いまつ毛の下はまだしっかりと閉じられていた。何やらいやな夢でも見ているのか、顔が少し険しい。ふと思い立って右のまぶたにキスを落とす。すると少しだけ表情が和らいだ気がした。今度は頬。次は鼻先。次は、

「どこにしようかな…」
「……くち」

え、と声が漏れる。この部屋には佐一と私しかいない。という事は、

「佐一起きてたの!?」
「あっ!、しまった」

目を合わせると、目の前には少しいたずらっぽく笑った佐一の顔があった。

「いつから!?いつから起きてたの?」
「伊織さんが俺の事揺すった時から」
「それ初めからじゃん!」

恥ずかしくなって胸板を叩くと、佐一は堪えるように笑った。

「だって伊織さん可愛いんだもん。俺を起こそうと必死でさ」
「ほんっとに意地悪い」
「ごめんごめんって」

そこまで喋って今日の用事を思い出す。

「佐一!私今日用事があるんだって急がなきゃ」
「おー、んじゃ俺が朝飯の準備しとくから伊織さんは支度してきな」

腰に固く巻きついていた腕は一旦離れ、脇の下に差し込まれた。そのまま抱き起こされ床に足が着く。服を着替える為外に出ようとすると、肩を掴まれ引き止められた。

「どうしたの?」
「…忘れ物」

言葉を返す間もなく佐一の唇が私のに押し当てられる。たっぷり3秒数えてそれは離れていった。

「じゃあ朝飯作ってくる」

先に部屋を出た佐一の横顔は赤く染っていた。自分からしたくせに。




prevnext
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -