甘くて参る
*距離間近め
今日は月島さんも鶴見さんも用事で居ないようで。私を一人にしておく訳には行かない、と預けられたのが顔がそっくりで見分けのつかない兄弟の元だった。…正直既に鶴見さんと月島さんが恋しい。出来れば今すぐにでも帰ってきて欲しい。
「洋平、こいつどうする」
「浩平が面倒みろよ」
私は今、洋平と浩平が使っているベッドの上で二人に挟まれて座っている。私を真ん中にして兄弟はひそひそ耳元で話しているつもりらしいが、全部聞こえてますよ。恨みを込めて頭上の顔二つを見つめると、二人もじっとこちらを見つめてきた。
「…わたしにはどうぞおかまいなく」
「そういう訳にはいかないんだよ〜軍曹に怒られちゃう」
「洋平、お前なんか喋れよ」
どうやら、今の位置から見て右側が浩平、左側が洋平らしい。顔での判断は難しそうなので、服を見てみる。すると洋平の服の袖が少しほつれているのに気づいた。
「見ろよ。こいつのほっぺたぷにぷに」
私が二人の観察をしている間に、二人の話題は私のほっぺたの事に移ったらしい。右側から急に頬をつつかれた。
「ひえっ!!!」
「うわー子供のほっぺた柔らかっ」
そのままむにむにとこねくり回される。
「やめてくらひゃい」
「嫌だ。俺が浩平か洋平が当てたらいいよ」
「…こうへい」
名前を読んだ瞬間、二人ともガバッと驚いたようにこちらを見やった。
「なんで分かった」
「ふんいき」
「嘘だろ」
適当に答えると、浩平はにやにやしながら両方の手で私の頬を触り始めた。今度は少し優しめらしい。
「俺にも触らせろ」
洋平が駄々っ子のように私の腰を掴んで自分の元に引き寄せた。そのまま腕に閉じ込められる。
「何これちっさ。それに、なんかいい匂いする。」
すんすんと首元に寄せられる鼻が少しくすぐったくて身をよじると、今度は浩平が私をぐっと引き寄せた。
「本当だ。なんか懐かしい匂いする」
そう言いながらくしゃくしゃと頭をきつく撫でられた。
「もうちょっとやさしくしてください」
「いいじゃん別に。泣かせなかったらいいんでしょ」
「いますぐにでも、なきわめきましょうか」
脅すように浩平の服をぐっと掴む。
「それはやめて。軍曹に殴られる」
「浩平、こないだ貰ったみかんあったろ。それでもあげとけば」
浩平は立ち上がらずに体を傾けると、ベッドの下に手を伸ばした。戻ってきた手の中には熟れてそうなみかんが三つ。
「名前なんだっけ」
「伊織」
「伊織、このみかん剥いてやるから軍曹に、俺にちゃんと優しくしてもらいました、面倒見てもらいましたって言っとけよ」
「…あれ、こっちはようへいだったっけ?こうへいだったっけ?」
「どーっちだ」
そうやってふざけていると、いつの間にか剥かれたみかんが洋平によって口に押し込まれた。
「んぐっ」
「俺が洋平」
幼児の口には少し大きかったらしく、溢れ出た果汁が口から漏れる。あっ、と思った瞬間、少々乱暴に袖口で口元を拭ってくれたのは浩平だった。
「俺が浩平」
「はぁ、りょうかいしました」
面倒くさくなって適当に返事を返す。そろそろする事も無くなってきたので本でも取りに行こう。そう思ってのろのろとベットを降りようとすると、突然肩を押されて布団の方に押し付けられた。驚いて起き上がろうとするも、両手にはそれぞれ握られているらしく、二人分の体温を感じる。
「どこ行くんだ伊織」
「次はお昼寝の時間だぞ」
「…ねむくないんですけど」
兄弟は私に顔を近づけているらしく、耳元でこしょしょ話されるせいでとてもくすぐったい。
「なあ伊織」
「ひゃっっっこしょばい!!!やめて!!!」
「そんなこと言われたらもっとやりたくなるなぁ」
両側から挟み込まれて今度は脇やらお腹やらをくすぐられる。逃げようにもどうしようもなくてジタバタ暴れていると、今度は別の手のひらが私をぐっと持ち上げた。
「…つきしまさん!!!おかえりなさい」
「なんだ、この二人に任せて心配していたが、俺の杞憂だったようだな」
「軍曹、俺らちゃんと伊織の面倒見てたよ」
「仲良さそうだったでしょ」
洋平浩平は得意げな顔で月島さんを見上げている。それを見た月島さんは私の方へ向きなおる。
「伊織、こいつらの名前覚えたか」
「…右が洋平で、左が浩平?」
「「逆」」
それを見た月島さんは少し目を細めた。珍しい顔に三人で思わず顔を見合わせる。その様子に気づいた鬼軍曹は、慌てて顔を引き締めた。
「取り敢えず、伊織の面倒を見てくれた事、礼を言う」
「いいよ、伊織で遊べて楽しかったし」
「…」
この事がきっかけで廊下ですれ違う度、ちょっかいをかけられたり、たまにお菓子を分けてもらったりと私の楽しみが少し増えたのだった。