もらい泣き
*設定捏造あり
きっかけは何気なく口にした言葉だった。
毎日鶴見さんが書類を整理する横でぼんやりと過ごす以外やることが無くてとても退屈な日々。見かねた鶴見さんが私に何か欲しいものは無いかと聞くので、お願いして本を何冊か取り寄せてもらった。勿論絵本ではなく、普通の文庫本である。早速貰った日から読みふけっていると、いつの間にか鶴見さんは外に出ていったらしい。部屋に入ったら私1人だけだった。いつも隣には月島さんか鶴見さんが傍にいたからか、少し不安になる。静かな部屋が気持ち悪くて、ふと思い立った英語の歌詞のフレーズが口をついてでた。
「♪…In the morning, TV with subtitles full of subtitles Into A night larva with a rod…」
しんとした部屋に私の幼い声がか細く響く。そういえば鶴見さんの机の上にはまだ読んでいない本が何冊か置いてあったはずだ。そう思って立ち上がろうとした時、突然誰かにぐっと持ち上げられた。
「うわっっ!」
「…伊織君!君は!」
鶴見さんが戻ってきたらしい。何やら興奮気味の鶴見さんは私を高く持ち上げて、いわゆる高い高いをしているのだがこの幼体には凄い衝撃で頭がぐわんぐわん揺れている。
「中尉殿、伊織が白目をむいているのでそろそろ下ろしてやった方がいいかと」
助け舟を出してくれたのは一緒に部屋に入ってきたらしい月島さんだった。
「おお!すまないね伊織君!しかし!何故もっと早く言わないのだあ!」
まだ興奮が収まらないらしい鶴見さんと鼻の先がくっつきそうな距離になる。私は一応乙女なのだ、鶴見さんのような端正なお顔が近くにあるとなると流石に照れる。手で鶴見さんの顔をぐっと押すが、全く意味はなく鶴見さんは私にまた畳み掛けるように質問を続けた。
「伊織君!」
「はっ、はいっ!」
「君は英語が話せるのかね!?」
「…はい?」
「君は英語が分かるのかと聞いているんだ!」
英語…?ふと先程口ずさんだ歌の事を思い出す。しまった、あれを聞かれていたのか。歌っていた時、鶴見さんは扉の近くにいたらしい。一応私は記憶喪失という事になっているが、これはなんと説明したものか。
「…なんとなく、すこしよむくらいなら、わかるかも、しれないです」
「ほう…誰に教わったかの記憶はないと…?」
鶴見さんは興味ありげにしばらく私の事を見つめていたが、急にぐわっと月島さんの方に向き直ると
「月島、今お前が英語を習っている横で伊織も勉強させるぞ」
「…は?何故ですか」
「他の言語が分かるものがいた方が良いだろう!!!」
有無を言わさぬ鶴見さんの物言いに月島さんは冷やかな視線を送ったあと、私の方に向き直った。
「だ、そうだ。伊織」
「…すこしでも、つるみさんのおやくにたてるなら、わたしがんばります」
私の言葉を聞いた鶴見さんは私の頭をこれでもかと撫でくり回し始めた。
「いいぞぉ伊織。君はなんていい子なんだぁ」
私が英語を理解できる件についてはあまり聞かれなくて済んだ事にほっとする。後でボロが出ると困るので、極力嘘はつきたくないのだ。気が抜けて鶴見さんの方に寄りかかると、優しく抱き抱えあげられた。
「月島、伊織はおねむのようだから、布団まで連れて行ってやってくれ」
「はい」
月島さんの腕は暖かくて気持ちがいい。それに加えて廊下を進む靴の音。ふと上を見やると、月島さんがこちらをじっと見つめていた。
「…つきしま、さん?」
「お前も厄介な事に巻き込まれたな」
「やっかい?」
「…いや、気にしなくていい」
「…えい」
そういえば、先程鶴見さんのお顔を触った時に手に何かついたのを思い出した。お顔から何か汁が出ていたらしくそれが手に付着していたらしい。鶴見汁がついた手を顔に貼り付けて、眉間にシワのよっている月島さんの笑いを取ろうと思ったのだが逆効果だったらしく。こっぴどく叱られました。