ほっともっときっと


私は今、月島さんの膝の上でお湯に浸かっている。もちろん二人とも裸で、だ。恥ずかしくて一刻も早くお風呂を出たいのだが、月島さんは長風呂らしく、私が逃げないように抱きしめたまま船を漕ぎ始めた。こんな事になった顛末は、鶴見中尉のある一言から始まる。

------------------------------


「さっきまであのホコリと煤だらけの倉庫に閉じ込められていて伊織君はとても汚れているだろう、月島」
「嫌です」
「まだ何も言ってないではないか」
「俺は子供と風呂になぞ入った事ありませんよ」

月島さんの言葉で、鶴見中尉が子供の私を月島さんにお風呂に入れてやって欲しいと言った旨を言外に伝えていることに気付く。いやいや、いくら私が子供の体だからって…恥ずかしすぎる!

「いやです!」
「ほら、伊織も嫌だと言っていますし」
「つきしまさんにたすけてもらわなくても、わたしひとりではいれます!」

月島さんと私の必死の説得に関わらず鶴見中尉は首を縦に振ってくれない。

「伊織君、私は別に伊織君が一人で風呂に入って怪我してしまうかもしれない、という事にだけ心配しているのでは無いんだよ」

そこで一呼吸置くと、私の顔を両手で挟み込んでぐっと顔を近づけてきた。

「うちの軍には色々な人間がいる。出来るだけ一人一人について把握しておくのも私の仕事なのだよ。しかしこれだけの大所帯だ、全ての人間の趣味趣向を把握している訳では無い。だから」
「…だから?」
「君みたいな小さな女の子が異常に好きな者もいるかもしれないという話だよ。聡い伊織君なら分かるだろう?」
「…」
「しかし、この月島ならそんな趣味はないとはっきり断言出来る。私の信頼する部下だからね。どうだい?」

鶴見中尉の話に、少しだけゾッとした。確かにそういう事も絶対にないとは言いきれない。この小さな体で成人男性には絶対に敵わないだろう。最悪の事態を想像してしまい、何も答えられないでいると、急に目線があがった。月島さんが私の事を抱えあげたようだ。

「中尉殿。私とこいつが風呂に入っている間は誰も風呂場に近づけないでもらえますか」
「元からそのつもりだよ月島。もう仕事はいいから、そうだな、1時間位はゆっくり入ってもいいぞ」

こころなしか、後ろの月島さんから嬉しいオーラが出ているような気がする。月島さんは私を小脇に抱えると、意気揚々と扉を開け「失礼します」と颯爽と風呂場へ向かってしまった。

------------------------------


脱衣所に着くと、月島さんは当然ながら服を脱ぎ始める。そりゃ、私相手じゃ遠慮もしないだろうけど。ちょっとは躊躇して欲しいというか、なんというか。とかなんとかもごもご考えていると、全て脱ぎ終わったらしい月島さんが私の着ている服にまで手を伸ばしてきた。

「わあああひとりでぬげますっ!」
「早くしてくれ」

月島さんの頭には一人でゆっくり入れるという事しか無いようで、私がいいと言っているにも関わらず無理やり着ている服を脱がされ、抱えあげられる。目を閉じていても伝わる筋肉の感触にオーバーヒート寸前だ。

「からだはひとりであらえますから」
「そうか」

浴場にある石鹸で煤けた体を洗う。面白いくらい汚れが落ちていってやっと体が綺麗になった。月島さんはまだ丹念に体を洗っているようだから、先に浴槽に入ってしまおう。と思いお湯の中に片足を突っ込んだ時だった。思ったよりも浴槽は深くてバランスを崩す。

「うわっ」

ぼちゃんっと情けない音を立てて体が全て浴槽に浸かった。何かに捕まろうとするも手にあたるのはお湯だけ。これしきの水深で溺れるなんて…もう何かを掴むのは諦めて一旦浮かぼう。そう思って力を抜いた瞬間だった。

「おいっ!大丈夫か!?」

月島さんに凄い勢いで抱きかかえられた。目の前には焦った月島さんの顔。むせ返りも咳き込みもせず見つめ返していると、目を開けたまま意識を失ったのかと思ったのか頬を軽く叩かれた。

「いたっ」
「…なんで返事しないんだ。焦っただろ」
「ごめんなさい」
「それと、危ないんだから一人で入ろうとするな」

そう言いながら湯船に浸かり、三角座りした月島さんの太ももとお腹の間に抱え込まれる。確かに水深が上がって子供の体の私にはちょうど
いい感じである。でも、背中にあたる筋肉とか太ももとか…疚しいことは何も考えてません!お湯の温度が暑いというのもあるけど、このままじゃ本当にのぼせそうだ。

「つきしまさん…」
「…ん?」
「あついのであがってもいいですか」
「んー」

聞いてないなこりゃ。月島さんは湯船に入ってすぐに眠気が襲ってきたらしく、首がゆらゆら揺れている。気づかれないようにこっそりと逞しい体から抜け出して、お風呂の手すりに捕まる。そのまま出口の方まで移動して(流石に足を上げて浴槽から出るのには苦労した)脱衣所の方に戻ってきた。

「あ、きがえのふく…」

そうだった。わたしのサイズの服がある訳ない。あるのは月島さんの服だけ。これは流石に着れないけど、羽織ることぐらいは出来そうだ。だいぶ床をひこずるだろうが、多分許してくれる。何とか月島さんの寝巻きを被ると、偶然にも廊下には誰も居ないようで素早く走って鶴見さんの部屋へ向かった。ドアノブには手が届きそうに無かったので、軽く扉を叩く。

「つるみさん」

しばらくして人の気配がすると共にドアが開いた。

「おや、月島はどうした」
「うとうとしてます」
「そうかそうか、それで伊織君は逆上せて先に出てきたのだな…おや、そういえば着替えの服を渡すのを忘れていた」

そう言って私の事を抱き上げると、部屋の中へ。中には私の服であろうひらひらした服が何着か置いてあった。

「すみません、わたしのためにおてすうを」
「良いんだよ、さあ、好きなのを選びなさい」

鶴見さんの趣味なのか、買ってきたものの趣向なのか知らないが、何故か可愛らしいものが多かった。ので、比較的動きやすそうで飾りのないものを選ぶ。

「では、これを」
「随分と質素なものを選んだな」
「これがいちばんきやすそうなので…」
「…伊織君は本当に子供らしくないなあ。君と話していると、たまに成人女性と話しているように錯覚してしまうよ」
「…あはは」

鶴見さんに確信を付くを言われて思わず動揺が顔に出そうになる。鶴見さんはその様を特に気にした風もなく、着替えた私をまた抱き上げた。

「さあ、子供はもう寝る時間だよ」
「…はい」

火照っていた体がだんだん冷めてきて、心地よい温度となる。鶴見さんにあやすようにぽんぽんと背中を叩かれるとさっきまでは全く眠くなかったのにもう瞼が落ちそうだ。

「…つるみさん」
「なんだね」
「…おやすみなさい」

そういえば、月島さんの着替えを勝手に持ってきてしまったままだったのに、と思い出すも鶴見さんのゴットハンドにはかないそうにもない。ごめんなさい月島さん…。





prevnext
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -