人知れず泣く夜もあるでしょう
「きょうもよいおてんきですね!」


「そうですね。お洗濯ものがよく乾きそうです。」



私がこの本丸に顕現されてから早2週間と少し経っていた。
始めこそ慣れない純和風の暮らしは、今ではすっかり日常となり、こうして家事に精を出す日々が続いている。私と加州さん、そして主様だけだった、どこか寂しい本丸も、今では鍛刀やドロップでこつこつと数を増やしつつあった。短刀の賑やかな声を聞くことや、子供も世話を焼くのも好きな私にとって、とても嬉しいことである。
でも、相手は神様。いくら自分が神様になったとしても、敬語だけはなかなか外すことが出来なかった。しかも最初のままだから、審神者の彼も未だ主様呼びである。
しかし慣れとは恐ろしいもので、今では気恥ずかしさも無くなり、内番にも精力的に取り組む私。まあ楽しんだ者勝ち、だと思うし。



「じゃあさっさとほしてしまいましょう!」


「よし、では早速やると致しましょうか。」



今日は大人数ならではの洗濯物を、今剣さんと一緒に干す作業が内番だった。楽なように見えて、かなり多い着物や羽織、布団を干す作業は辛い。こういう暖かい日にはマシなのだが、曇りの肌寒い日に当たれば、ご愁傷さまである。
現世、つまり私がいた世界で、私は非力とまでは言わないが、それほど強い女子でも無かった。しかし、この世界に来てからは布団のひとつやふたつ、少し重いが米俵も運べるほど力が強くなっていた。あまり筋肉が付いている様子では無いから、所詮神様補正、といったところだろうか。



「……ん?きつねがさき、かごがひとつたりません。」


「…いち、に、さん……。あ、本当ですね。置き忘れてきました。取ってきますね!」


「ではぼくはさきにさぎょうをはじめておきます!」



今通ってきたばかりの廊下を戻り、洗いっぱなしで置き忘れた洗濯かごを取る。危ない、折角洗ったものをしわくちゃにするところだった。
両手でしっかりとかごを抱き、足早に今剣さんの所に戻る。早く干してお茶でもしよう。そんな考えで自分を鼓舞し、角を曲がる。
そこには、ついさっき通ったときには居なかった、加州さんが立って、きょろきょろと辺りを見回していた。何か探しているのだろうか。



「加州さん、何かお探しものですか?」


「わっ!!………吃驚した。えっと、探し物って言うか…探し人?まあお前なんだけどさ。」


「私ですか?」


「うん、主から伝言だよ。」



主……というと、一人しかいない、この本丸の審神者だろう。主様は私と話すことはほとんど無く、加州さんを始めとした打刀たちとよく一緒にいる。見た目の年齢が近いからだろうか。短刀たちや脇差しとも話すらしいが、やはり私にはあまり話しかけてこない。しかも用事がなければ私から話に行く事もないので、2振り目、所謂初鍛刀である私と主様の仲はとてもいいとは言えない。
しかし刀の性分か、それとも私の私情ゆえか、主様のことは好きだった。でも恋慕の方ではない。その思いは卒業を節目として、信頼の方へと変わったようだった。
そんな主様が一体私に何のようだと言うのか、半ば緊張しながら加州さんの言葉を待つ。彼の顔も心なしか真剣で、さっきから視線がうろうろとさ迷い、落ち着かない様子である。
そして覚悟を決めたように、加州さんは口を開いた。




「……出陣命令が出たよ。隊員として。」


「……え…。」



急なカミングアウトに、私の頭は真っ白になる。本体である刀はずっと部屋に置いていて、抜いたことすらない。
私は、主様のお役にたてるのか。そう思ったことは幾度となくあった。戦いが怖い、そもそも刀なんて物からは程遠い場所で暮らしてきた私には、自身の鞘にさえ触れることが恐ろしくて、触ることが出来なかった。戦装束も顕現されたときしか着ていない。
ずっと、一番心配だったこと。それを指摘され、私は子供のように泣き出しそうになった。死にたくない、簡単に傷つかないと分かっていながらも、そう思ってしまうのだ。



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