横の貴方と隣の私

ピピピピ……、ピピ、ピピピ……



「んぅ……、今、起きるってば…。」


片手でスマホを探し当て、さっきから煩く鳴り続いていたアラームのスヌーズを止める。二度寝しないようにと設定した器械音に思惑通り起こされてしまい、便利になったものだ、と一人で苦笑する。
高校生が考えることじゃないな…と今更思う。でもそう思うんだから仕様がないよね、とまた自問自答をした。


ベッドから眠気を取り払うように跳ね起き、手櫛でぼさぼさになった髪の毛を簡単に整えながら部屋を出た。
顔を洗い、ご飯を食べ、歯を磨き、着なれた制服に身を包む。この制服ももう3年間着ているんだな、と思うと妙に感慨深い。高校に3年間通うことなんて普通だろうという人が大半のこの世の中で、私は確かに感動していた。



「……じや、行ってきます。」


お母さんの行ってらっしゃい、が少し震えているのが分かる。今日はただの3月の中の1日。私は今日、3年間通い続けた学校を卒業します。
行く大学も早期に決まり、やりたいことのリストなんかも作ってみたりして、私の胸は新しい場所への期待に満ち溢れていた。
只し、それだけでもない。




「…おはよ!」


「あっ、七紙!おはよー!」


学校につくと皆が次々に挨拶をしてくれる。最後だね、なんて話は誰もしない。それは野暮ってやつだ。どうせなら思いっきり今日を過ごそうじゃないか。私は明日から次のスタートを切るのだから。
数人の友達と話していると、チャイムが鳴り、担任がビシッとしたスーツに身を包みながら座れよ、と声を掛ける。



最後の席は名前順だった。隣は1年間の間お世話になった男子で、いつも中のいい友達と一緒にいる、そんなタイプの人。直ぐに机に突っ伏して寝てしまう彼も、今日は流石に起きているようだ。まあ当たり前か。



「…今日は珍しく起きてるんだ。」


何時もなら気恥ずかしくて二人きりでは喋れない。だが最後だからか、お節介な友達がいなくても、するりと話し掛けることが出来た。相変わらず前を向いたままの彼に、反応なしか、と思って私も前を向きなおす。


「別に、いつも寝てる訳じゃないし。」


返された言葉に驚き、私は少しの間息をすることも忘れてじっと見つめてしまう。彼は世間でいうイケメンさんというやつで、声は少し高めのテノール。背は余りに高いという訳でもなく、どちらかというと小柄な方だったが、私と比べると随分と大きかった。
そんな彼に私は密かな恋慕の感情を抱いていた。好きだな、ああ、この声を聞いていたい、そう思うのだ。テストの点を競ったりもしたし、ペン回しを教えてもらったりもした。でも二人で話すことはない。
そんな間柄で、いつの間にか惚れてしまったことは、勇気の無い私にはどうすることもできず、いつの間にか卒業式の日になってしまっていた。



「そう?寝てるイメージが強すぎて、何か新鮮でさ。」


「寝てないから。勘違いすんなよ。」



そっか、と私が会話を切り上げる。最後、本当に最後なんだ。やだ、もっと話したいことがあるんだよ。ずっと好きって言いたかったの。言葉は幾らでも浮かんでくるのに、喉がからからと鳴るばかりで1つも出てくることはなかった。それが、私という存在なんだ。
奇跡があるとするならば、神様が存在するのなら、どうか、私の小さな願いを叶えてください。
付き合ってとか、私を忘れないでとか、そんなものではない。いつか、彼が高校時代を思い返すとき、背景の一部としてでも思い浮かんでくれたなら。名前やら思い出やら大層なものを私は望まない。私という存在が一瞬でも片隅にあったなら、私はそれでいいと思う。


神様なんているわけもないのに、と思い、急に気持ちが冷めていく。大好きなんだったら、何も押し付けるべきではない。そんな当たり前の事が頭のなかをぐるりと回っている間に、式は終わり、解散の流れになった。


最後の挨拶を終え、隣の席に人の気配がなくなる。帰るんだ。
私も特にすることもなかったので、校門前でいつも通り友人を待とうと歩き出す。一緒に帰っているわけでもないから、歩幅の関係もあり、私はどんどんと離されていく。彼の後ろ姿を追うように玄関を出る。



校門を出る、彼が、本当にこの高校から居なくなる、その瞬間が私のけじめの時間。
そして、彼の足が外に出たとき―



「……な、なに!?」



突如として眩い光が放たれ、一瞬にして回りが見えなくなった。そして、言い様の無い不思議な情景が私のなかにふと浮かび、私はそっと意識を手放すこととなった。


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