不必要な私

「………うーん…。」


「前と全然ちがうねぇ。」


今日私は髭切と共に、例の本丸の引き継ぎに来ていた。今までやってきた仕事とは違い、元黒本丸を改善させつつ、残った刀剣の引き取り手を探すのが今度の目標だ。
もちろん元黒本丸。政府から来た私に、いい顔をするはずもないだろう。特に粟田口の数振りは。鶴丸国永もああは言っていたが、審神者が来ることを望んでいる訳では無さそうだった。
だから、私は今回、それなりの覚悟を持ってこの仕事に臨もうとしている、のだが。



「これ、ちょっと酷すぎませんか?扉もぼろぼろだし、空気も悪い感じが…。」


「ここの審神者が居なくなっちゃったせいだろうねぇ。一応あんなのでも居ないと駄目だろうし。」



いざ来てみれば、前はどこにでもありそうな普通の本丸だったのに、目の前にあるのはいつ崩れても可笑しくないようなボロい建物。空気は淀み、雑草は生え、池は濁って嫌な臭いがする。黒本丸のテンプレのような見た目に成り果てていた。
その原因は髭切も言ったように、審神者が居なくなったことが原因だろう。黒本丸を取り壊すとき、必ずすぐではなく、刀剣の強さに比例して、最低でも1週間は放置してから取り壊す。それは審神者が消え、その霊力が無くなりかけるまで待ち、刀剣達を弱らせるためだ。このように、審神者は本丸の維持というとても重要な役割を担う存在であり、いくらクズ審神者でも本丸には必要不可欠。
その存在が消えたことによって、こんな有り様になってしまったのだろう。



「まあ、入ってみようよ。」


「そ、そうですね。動かないと何も始まらないですし。」


ひとつ深呼吸し、本丸の入り口へと歩みを進める。ゆっくりと戸に手をかけ、開く。
途端に埃が舞って、目の前が灰色に染まった。手で軽く払い、廊下を見る。埃まみれで所々によくわからないシミや汚れが付いていて、見ているだけで掃除のことを考えると私はぐらついた。
周りを見渡しても刀剣たちは見当たらない。これは予想通りだが、これからのことを考え得れば頭が自然と痛くなる。
この本丸に残っている刀剣は何処に居るのだろうか。私が来たことはわかっているはずだから、隠れて斬りかかってきても可笑しくはない。そこは髭切がいるから平気だろうが、安心はできない。


「…誰も、居ませんね。」


「…………。」


問い掛けるように隣を見ると、いつもの姿からは想像がつかないような真剣な顔で、髭切が鞘を握り、真っ直ぐに一点を見詰めている。何か居るのだろうか。私がそう思い視線を追って前を見れば、さっきは居なかったはずの、銀髪が見えた。
あの時、私を庇ってくれた刀。鳴狐だ。よかった、話をちゃんと聞いてくれる。そう考えた瞬間に、目の前で火花が散った。キン、と鋭く耳をつんざく音が鳴る。驚いて目の前の光景を疑った。



「…邪魔。」


「手出しはさせないよ。僕の主だからね。」



そこには確かにこの本丸の鳴狐と、私の髭切がいた。何故か刀を交えながら。手入れを受けたはずの鳴狐は、あの時と変わらずぼろぼろで、いつ破壊しても可笑しくないようなほど傷ついていた。なんで?どうして?そんな疑問を抱くだけで、私はただ立ち尽くし、瞬きを繰り返す。その時、鳴狐が傷の痛みからか、少しふらついた。見逃さずに髭切が力を込め、刀を弾く。そして私の手を取り、一瞬のうちに駆け出した。
急すぎて転びそうになりながらも、必死について行く。ようやく辿り着いた物陰に身を潜め、今来た廊下を見ても、刀剣の影はなかった。髭切も少し警戒する素振りを見せると、刀を仕舞う。
今のは、一体どう言うことだったのだろうか。あまりの事で、言葉を失い、後から襲うように恐怖が沸き立つ。本当にここは黒本丸なんだ。私は歓迎も、必要ともされていない。そう理解した途端に、冷や汗が出る。
少しだけ、本当に少しだけ、私はこの本丸に来てしまったことを後悔した。何も変わるわけはないと分かっているのに、そう思わずにはいられなかった。



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