きみがいれば他は要らない

霊力が足りなくなって意識が飛んだ後、耳を劈くような音が耳元で鳴り響いたのを合図に、私は飛び起きた。
何かが、がたがたと崩れていく激しい音の中で、私はぼんやりとする視界を開く。今の音は何…?視点が定まらず、貧血のように気持ちが悪くなった私は、うう、と小さく声を漏らす。そんな小さな声が届いたのか、目の前にいた刀剣が私の前に屈んだ。
その刀は今までに見たことのないくらい美しかった。



「主、起きた?大丈夫?」


「……だ、れ…?」


暗い室内でも一等目立つ、滑らかな絹を思わせる髪。柔らかな長い睫毛に覆われた蜜色の瞳。この刀は、まさか。先ほどまでは居なかった刀剣に、私は心の底から安堵を覚えた。




「僕かい?源氏の重宝、髭切さ。君が今代の主だよ。」


よろしくね、と笑いながら差し伸べられた手に、私は握り返すでもなく立ち上がった。これは、どういう事だろうか。混乱して咄嗟に立ち上がったものの、体が思うように付いていくわけもなく、少し足がふらついた。



「…えっと、髭切…様は、私の太刀…ですか?」


「うん、そういうことになるねぇ。」


「マジか……。」


今まで無銘刀だと思っていた刀に付喪神が宿っていたなんて、驚きを通り越して羞恥で死んでしまいそうだ。毎日話しかけてたんですけど。たまに敵もいないのに抜いて振り回してなんかポーズとか決めてたんですけど。
恥ずかしくて心のなかで悶えていると、髭切の後ろから光が射し込んでいることに気付く。



「……えっ!?ふ、襖は!?」


「うん?僕がすぱすぱ切っちゃったよ。」


強い霊力で術が掛けられていた筈の襖が、跡形もなくばらばらになっている。嘘、何処にこんなに力があったんだと問うように髭切を見たが、彼は微笑むだけで何一つ答えるそぶりを見せなかった。
私の霊力を全力でぶつけてもびくともしなかった襖の残骸を見つめて、流石神様だと感じる。ともかくこれで上にも連絡ができるし、刀剣たちも逃がすことができる。早くこの審神者を政府に突きだそう。絶対に許さない。
苦しそうにこちらを未だ睨む一期と、意識を失ったままの薬研たち。それにぼろぼろになりながらも私を庇ってくれた鳴狐。
一度殺されそうになった相手。それが分かっていても、私は彼を放って置くことは出来なかった。


「…私たちが、救って見せますから。」


しゃがんだままで本体に手を掛けている一期の前に跪き、敵対する気はないと示す。流石に動揺したのか、一期一振が微かに狼狽えるのが分かった。
それでも信用しきることができないらしく、憎々しげに目線を反らされただけで他に反応が返ってくることは無かった。





「……こりゃあ驚いた…。襖は何処に行ったんだい?」


「…っ!?」


いきなり掛かった声に肩を震わせる。襖の方を見れば、白い儚げな姿の刀剣、五条が一振り、鶴丸国永がいた。よほど練度が高いのだろうか、彼の気配が全く感じられなかった。それは髭切も同じらしく、きちんと手入れがされている鶴丸に向けて抜刀しかけていた。


「鶴丸国永だ。おいおい、俺はきみたちの敵じゃないぜ?」


「じゃあ何しに来たの?偵察?」


「それなら短刀やらが来るはずだろう?」


「髭切様、刀を仕舞ってください。話を聞きましょう。」


そう言えば渋々本体を仕舞う髭切は、まだ納得がいっていないからか、頬を軽く膨らませて私と鶴丸の間に立つ。いや、喋りにくいんだけども。退く気が無さそうな髭切を横に立ち、鶴丸の言葉を待つ。本当に敵対するつもりがないらしい彼は、きちりと戦装束に身を包んで刀を持っているが手を上げている。
そして、ゆっくりと口を開いた。




「きみたちの手助けをしよう。その代わりに頼みがある。いいか?」


吃驚して鶴丸を見ると、彼は悪戯っ子のように笑い、背を向けた。ちょいちょいと手招きをした。どうやらこの部屋から他の空間への繋がりになっている鳥居への抜け道を教えてくれるらしい。



「さあ、一先ず俺に付いてこい。話はそれからだ。」


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