貴方が生きているのなら

「…し、信じられない…。」


「わたくしめも刀帳で拝見したことが御座います。それは紛れもなく髭切どのに間違いはありません!」



髭切、その名前は聞いたことがあった。でも検非違使が稀に隠し持っていると言う珍しい刀剣ということしか知らなかった。だから私が肌身離さず持っていたこの太刀が髭切だってことも知らなかった。もしかして付喪神が宿っているのだろうか。そう考えた途端、何故だがぞくりと体が震えた。


「…その刀を寄越しなさい。見習いごときに扱える代物ではない。」


虚ろな目をしながらゆっくりと近づいてくる一期一振に、私の頭が危険信号を発する。だめ、渡してはいけない。この刀は確かに審神者になれなかった私には強大すぎる力を持った物かもしれない。でも確かに今まで大事に大事に手入れをし、一緒に過ごしてきたのだ。
前に置いていた髭切を取り、後ろ手に隠す。絶対に渡すものか。その行動を見た一期一振が憎らしげな表情で私を見る。



「…渡しなさいッ!」


ぎりり、と強く歯を噛み締め、一期一振を睨む。正常な判断ができないのか、一期一振は自らの本体を抜き、私に向かって構えた。そんな、ここまでだなんて。私は貴方達を助けに来ただけなのに。やりきれない気持ちと恐怖が、身体の奥底から涙となって溢れる。嗚呼、短い人生だった。
出来ることなら、私も審神者になってみたかったな。そして、この刀剣を顕現させて一緒に笑い合ってみたかった。
一期一振の刀が私に振り下ろされた。





がきんッ!!




聞こえるはずもない金属音が鳴り響き、来るはずの痛みが無いことに不思議に思い、うっすらと目を開ける。
銀髪と群青が目に飛び込んでくる。



「……そこを退きなさい、貴方も人間は嫌いでしょう。」


「な、鳴狐!!何故庇うのですか!」


「………だめ。」



低く唸るような声を出し、今しがた振り下ろされた一期一振の本体を、自分の本体で受け止めたのは鳴狐だった。
守ってくれたのか。その事実に安堵し、更に目頭が熱くなる。良かった。私、生きてる。
でも何故だろう。私を庇う理由など無いはずだし、彼はさっきまで倒れていたはずでは。私の勘繰るような視線に気付いたのか、未だ立ち塞がるように私を守る鳴狐が振り向いた。



「……君の、刀に……言われた。」


「……へ。」


思わず間抜けな声が出てしまい、手元の太刀を見る。先程と変わらないように見えるが、それは本当なのだろうか。涙が引っ込み、ただ不思議に感じていれば、どさりという音がした。



「………一期…!」


「一期どのぉ!大丈夫でございますか!?」


一期一振が倒れた。やはり限界だったのだろう。苦しそうに倒れている彼の側にある本体は、もうぼろぼろで、何時折れても可笑しくない状態だった。酷い。重症どころではない。
助けたい。でも私には結局何も出来やしないのだ。この部屋の刀剣達さえ救ってやれない。それはただの実力不足だった。
この結界さえ、破ってしまえたら。


いつもならもう少し冷静に行動していただろう。ましてや出来ないと解っていたことをわざわざしたりなどしない。でもこれ以外に方法はない。私は黒本丸調査員なのだ。



「……ふっ!」


扉の前に立ち、両手を扉に翳して、ありったけの霊力をぶつける。霊力不足なんて承知の上だ。絶対に脱出して見せる。例え私の身がばれたとしても、霊力を使い果たして最後の仕事になってしまったとしても。



「…な、にを……。」


喉から絞り出したような声で一期一振が言う。ごめんなさい、見習いと騙していました。と一言返し、私は全神経を指先に集中させた。身体が熱くなり、動悸が激しくなる。しんどい、やはり破れないのかと考え始める思考を放棄し、がむしゃらに霊力を送り続ける。脳が揺さぶられ、視界が歪んだ。やばい、記憶が飛ぶ。




「……もう大丈夫。よく頑張ったね。」



最後に聞いたその声は、何処か懐かしい声をしていた。私は霊力を使い果たし、ぐらりと倒れたのだった。
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