其は夢か幻か

軽く揺すっても意識が戻る気配がない一期一振を横にさせ、周りを改めて見回す。
一体ここは何?蔓延する不快な臭いに眉をしかめつつ、片っ端から刀剣男士たちに声をかけていく、が、誰も返事が無い。
一期一振、鳴狐、薬研藤四郎、厚藤四郎、平野藤四郎の五振りが横になっている状態。他の粟田口は一振りも見ていないから……。そこまで考えて憎しみで涙が出そうになるのを堪える。
何も言わなくとも、この部屋に無造作に転がっている折れた刃や鞘が全てを物語っていた。


こういうときに感情的になるのは政府として向いていないと正直思う。でも私も、政府である以前に一人の人なのだ。許せない。力を貸してもらっている存在で、なんという酷な仕打ちを。


「………あ、貴方は誰でございますか!?」


「っ…!」


急に甲高い声が聞こえ、びくりと肩が震えた。振り向くとそこにはボロボロになった小さな狐がいた。
もしかしてこんのすけ?
違う。この狐は、



「…わ、私は見習いです。ついさっき、審神者様にここに入れられて…。」


「嘘です!そんなこと信用できませぬ!鳴狐、さあ起きてください!大丈夫ですか!」


やっぱり鳴狐のお供の狐か。普通なら人懐っこくて可愛い狐なんだけれど、今は警戒心丸出し。信じてくれないのは分かっていたけど、実際私も入れられて困ってるんですけど。普通助け合いましょう!ってならない?
鳴狐の胸の上辺りに乗り、何度も跳び跳ねて起こそうとするお供。いや駄目でしょ。怪我人に何してるの。



「鳴狐!?鳴狐、大丈夫でございますか!?」


「……。」


ぴくりとも動かない鳴狐に、涙目になるお供。それがなんだかとても痛々しく、また心が痛む。
私にも何かできたなら。そう思っても、私が今持っているのは太刀のみで、手入れセットも置いてきてしまっている。というより霊力が無いと手入れはできないし、他の審神者が顕現した刀に自分の霊力を注ぎ込むのはある意味賭けのようなもの。いつその違和感に狂ってしまうか。何もできない無力さに苛立ち、強く唇を噛み締める。


「…どちら様、ですかな……。」


「……一期どの!」


よく通るはずの小さな弱い声が聞こえ、そちらを見れば一期一振が私から弟たちを庇うように立っていた。兄としての覚悟がその目には灯されていたが、それも辛うじて残っているようなもので、酷く瞳は澱んでいた。
本体に手をかけ、此方を睨む姿に恐怖を感じた私は、何とか落ち着かせるためになるべく柔らかな声で答える。


「みならい、です。本丸を審神者様に案内していただいて、この部屋が気になったもので尋ねたら…、ここに入れられてしまいまして…。」


「…その刀を置きなさい。」


私は言われた通りに太刀をゆっくりと自分の前に置く。昨日手入れしたばかりのその刀は、外から見ても傷ひとつ無い。その腰反りが高く優美な太刀は私が思うのも可笑しな話だけれど、とても美しい。
私が手を離せば、一期一振の顔がみるみるうちに険しいものになっていく。


「…貴方は、一体この剣をどこで手に入れたのです…?」


「え…っと、政府の方が無銘刀だからって、護身用にと…。」


何故そんなに不思議そうな顔をしているのだろうか。もしかして盗んだと思われてる?それなら誤解を解かなければならないが、変なことを口走って殺されたくもない。


「あの、この太刀が何か…?」


意を決して尋ねると、一期一振は静かに目を伏せ、何かを考えているようだった。何か知っているのだろうか。でもこの刀の一体何を?刀に詳しいわけではないが、この無銘刀に何かあるなんて考えたこともなかった。少し強張る体に、緊張が走る。




「………それは、髭切と言って、源氏の重宝であり、顕現が確認されている刀剣の一振り……。」


つまり付喪神が宿る刀です。
急なカミングアウトに頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。何時だったか、白い鶴が言っていた言葉、驚いた。そんなもんで片付けられる驚きでは無かった。私、私の刀に、付喪神が。
これは一体どういうことですか、政府の役人様。




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