なしくずされた
- 「あぁ、そこの人たち、引っ越したよ」
「……え?」
どうりでいくら呼んでも返事がない筈だと、ローランサンは頭のどこかで思いながら振り返った。
――そこに居たのは見た事はないが、明らかに人のよさそうな近所のおじさん。
「引っ越したって……いつ、どこへ?」
「さぁ……どこへかは、知らんけどね。つい先週だったよ」
片手の男が2人で荷物持って、可愛い子と3人で歩いていたよと。
聞いて、ローランサンは少しだけ眉をしかめた。
「ありがとうございます」
踵を返す。ここにもう用はないのだ。
引っ越しの報せをするつもりならとっくに知っていてもおかしくはない。……という事は。
ローランサンは近くの酒場へと足を向けた。
謝ろうなどという気持ちは持ち合わせていない。
諦めきれない、ただそれだけだ。
村で別れてから捜して、異郷でまた出会って。
運命だと思ったのに、少し経ったら憎き奴と共に暮らしているとか。
もう1人、赤髪の男に恨みを抱いている金髪の男も、何気なく腰を抱いた時、敵意を持った。
――レイシを彼らの所に置いておくのは、危険すぎる。
そう思って強行突破に出たが、それは却って彼らの絆を強めるだけに終わってしまった。
今度こそはと思い、幾日か音信を絶ち、考えてみたものの。
「……俺のやっている事は、間違いだったのか?」
それは一番信じたくない事ではある。
彼を愛するがゆえに。
レイシには幸せになってほしいのだ。
「……どうしたら……」
迷っている内に、その足は、通い慣れた1件の酒場へと導く。
「レイシちゃん、ビール!」
「はぁい、ただいま!」
俺はジョッキ3つにビールを注ぎ大声を上げたテーブルの方へ向かう。
幾ら零れても気にしない。どうせ相手は常連の酔っ払いだ。
面倒くさく絡まれた時も、今は強い味方が居る。
「レイ、こっちに、一番強い酒を頼む!」
「は!? 一番強いのって……正気か金!?」
「そんなわけないだろ。とめてやれレイ」
「俺は飲むからな!」
「悪夢が始まるから駄目!」
喚く金の隣で黙々と酒を煽る赤。
一番強い酒だなんて――そんなこと。
「マスター、どうにかしてよ!」
「暴力沙汰にならない限り俺は干渉しないし、そもそもレイシちゃんの客だろ?」
「うぅ……」
彼らの出会いこそ悪い印象を植え付けたものの、今は常連と同じ扱いだ。
酒場に来る人々も、片手ずつしかない彼らを理解している。
――俺の職場に、無理矢理連れてきただけなんだけどさ。
溜息をついて椅子に座ろうとした、その時。
「レイシちゃん、お客様!」
「あぁ……はいはい」
カランカランと扉に取り付けられたベルが鳴り、客の来店を告げる。
ここは小さな酒場だ、来るのは見知った顔がいい。
どこか適当な所に座れと言おうと思った、その瞬間。
「――ローランサン?」
それは見知った顔どころか見慣れている顔。
酒場の喧騒は相変わらずだったけれども、そこだけ空気が凍ったように感じた。
「何で、ここに……」
「レイシ。久しぶり」
彼はあくまでにこやかに言う。
――何だ。ちゃんと無事に、生きてたんだ。
その事を喜ぼうと思ったけれど、何故か息をつくのさえ怖くて。
「ずっと捜してたんだ。引っ越したって聞いたからびっくりしたけど、まだここで働いてたんだ」
「……とりあえず、座ったら」
「そうするよ」
一杯は奢ってあげる、という声は震えた。
じゃあ麦酒で、という言葉は聞こえなかった。
カクテルを出すと少し笑んで、ローランサンはそれを飲み干した。
「俺、ここで働いてるってローランサンに言った事あったっけ」
「なかったと思うけど」
「……じゃあ、何で」
ふと立ち寄ったにしては、この店は奥すぎる。
やはり知っていたんじゃないかと椅子に座る彼を見下ろした瞬間だった。
「レイに手を出すな」
「……!」
両の肩を同時に後ろに引かれ、両側から抱き寄せられる。
俺の隣から出てきたのは、ローラン達だった。
「ローラン……」
「いいか? レイを困らせたり、悲しませたりするような奴は許さねぇ」
「お前が何を思ってそうしたのかは知らないが、俺達は絶対に許さない」
独占欲という名前を浮き彫りにするかのようにはっきりと。
身に刻まれるより鋭く深く、俺の心に訴えかけた。
「さぁ、答えろ。お前はどうしてここに来た?」
ローランサンは、俺の右隣に居る赤を見上げる。
「レイを連れ戻しに来たんだ。分かるだろ?」
「……分かんねぇよ」
金が俺を安心させるように、抱き寄せていた手を解いて握ってくれた。
……ローランサンの言いたい事も分からないではない。
赤の台詞だって一理あるけれど。
「ローランサン……俺は今、凄く充実した生活を送ってるし、その……幸せ、なんだ。だから心配しないで」
そう言って微笑むのが、今の俺にできる事。
ローランサンは勿論、一歩前に出ていた赤も振り返った。
「ずっと、俺の事、心配してくれてたよな。分かってる。村から離れた時も捜してくれてたし」
「……レイ」
「でも、俺はお前の気持ちには応えられないんだ……分かるだろ?」
ローランサンの前にひざまずく。
その言葉を繰り返して言う事はしなかったが、あくまでそれに近い。
彼はじっと俺を見ていた。
「……分かる」
「うん」
「だったらレイシが幸せになるように、祈る事しかできないだろ」
手を奪われ、俺の額にそっと唇が触れる。
――気付いた時にはもう、全て後の祭りだったわけだけど。
ローランサンは姿を消し、赤と金はただ怒っていて、それだけだった。
「おい、レイ」
「……ん?」
「もう今度から、あいつに会うんじゃねぇぞ」
唇が触れたのに、余程腹が立っているらしかった。
俺は何も言わずにただ頷いた。
仕事は途中で切り上げて、酔った足取りで慣れた道を行く。
3人でふらふら、傍から見れば不審者だ。
「……なぁ、金」
「ん?」
――ローランサンがまた訪ねてきたら、俺はどうすれば良いのだろう。
「俺……新しい仕事探すわ」
間髪入れず、それがいい、と返ってきた。
「だからお前らも働けよ」
「こんなんじゃどこも雇ってくれない」
「できる事、あるだろ」
赤と金は顔を見合わせる。
――できない事しかない人など、この世には存在しない。
誰にだって、誰かを助ける事ができる。
「な」
赤と金は少しして頷いた。
「永久就職」
「……馬鹿じゃないのか」
「それはレイだな」
「俺がそんな事したら生きてけないだろ」
「収入を確保したら、そんなんでいいのか?」
「……俺は賛成だ」
「だから、意味が分かんないって」
「そもそも2対1じゃ可哀相じゃないか?」
「もう『可哀相』の意味が分かんないし!」
――俺達は家でも外でも、こんな感じです。
最初の頃の危惧も嘘のように、仲良くやってます。
実は、これで終わりです(笑)
長い間お付き合い頂きありがとうございました。
途中gdgdしたりしましたが、(生?)温かい目で見守って頂けて嬉しいです。
番外編もお楽しみ下さいね!
それでは、ありがとうございました^^
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