受け入れて生きていく
- 「おい、レイ。起きろ、朝だぞ」
「……ん?」
すっかり『新品』とは言えなくなったベッドの上で、俺はゆっくり寝返りを打つ。
呼ばれているのは分かっていても――惰眠を貪っていたいと、身体が覚醒を拒否する。
「何言い訳並べてやがんだ。ほら起きろ」
「痛っ」
ぱしりと軽く叩かれると、俺は流石に起きざるを得なくなる。
いや――だって赤なら、平気でもう一発、痛いの食らわせそうだし。
軋むのを何とか堪えて身体を起こした。
「あれ……今日は、金がご飯作ってるの?」
「共同作業だけど」
「馬鹿な事言うな」
「あれ、金」
赤の後ろで笑う金。
「んー……よしっ。じゃ、行こうか」
「あぁ」
「姫抱っこはしてやれないもんな、残念だ」
「テメェ……それは俺への厭味か?」
「ほら、喧嘩すんなって」
両手を取られ、ベッドから下りる。
彼らは自分達に、片手ずつしかない事を心底残念がっていたけど――普段の生活には全くと言っていい程支障はなかった。
俺が居るしそれに、3人だから。
思い出せば申し訳ない事は沢山あったけれど、彼らはもう、気にしていない風だったから。
「喧嘩する程仲がいいって言うけどな」
「レイ、あれはな、全く話をしないよりは話をして喧嘩する方がいいって意味なんだぞ」
「そうだ。この世に、価値観が同じ人間など存在しない」
「凄い、2人が同じ事言ってる」
2人はやはり互いを見つめて、それすらも同時だったので、溜息をついた。
本当は2人、凄く仲がいいんじゃないだろうか――名は体を表すと言うから、名前が同じならそれは似るだろう。
「朝ご飯楽しみー」
「お前……自分で喧嘩の種投げといて」
「はは、まぁいーじゃん?」
ローランサンは、自分の場所へ帰った。
赤を傷付けて満足したのか、反省したのか。
分からないがあれ以来、ローランサンから連絡が来る事はないし、こちらも干渉しないでいる事にする。
金は明るくなった。
まさか、赤が報いを受けたからじゃないだろうな……と思うくらい、突然。
今も確かに彼らは小さな喧嘩を繰り返すけれども、前のように、憎しみ合っているという感じではなくなった。
赤はといえば。
あの事件で、1番の深手を負った彼は。
随分と優しく、穏やかな笑みを見せるようになった。
彼が1番変わったのではないか。
勿論生活的にも変化を強いられたのだから、変わらない筈も無いのだが。
――それにしても、変わったのは事件のせいだけではないんじゃないか。
そう思わせる。
誰も彼も皆変わってしまった。
それが良い事か悪い事なのかさえ俺には分からない。
――まだ、変化の途中だから。
……そうだ、ところで、俺は。
「朝ご飯食べたら出発?」
「そういう予定だけど」
「はぁ……俺がこんな状態じゃなきゃ、手伝えたのに。ごめんな、金」
「何で俺には言わねぇんだよ」
「だって昨日のは赤のせいだろ」
「お前が働くのは当然だ。さ、早く食べちゃえよ、レイ」
「うん」
「……お前ら」
寂しくなるな、と言った。
それに、金と赤は同様の沈黙を守った。
……そうだ、本当に。
「俺達はずっと一緒だろ。何言ってやがんだ、レイ」
「寂しいって、この家を離れることが?」
「……全部だよ」
フォークを置くと、早く食べろと金に怒られそうなので、持ったまま言う。
「あそこから逃げてきてから、俺はずっとこの家に住んでた。ローランサンが訪ねてきたり、ローランと一緒に住んだり、色々な事が沢山あった」
俺のせいで面倒事に巻き込んだ事もあったし。
――というか全ては、俺自身が引き起こした事のような気もしてるけど。
「いい事も悪い事もね……だから寂しいんだよ」
パスタを口に運ぶ。
――手がないくらいで、復讐したくらいで、その味は衰えたりしないから。
「次は永住だな」
「え、本当に?」
「どんだけ金かけたと思ってんだ……少なくとも20年は住まねぇと、割に合わないぞ」
「……俺が色々、詰め込んだせいでね」
引っ越す。
男3人にこの家は、狭すぎるし、苦しすぎるから。
愛おしい程首を絞める想いが染み付いているから。
それもいいなと言ったら、何故か話はとんとん拍子に進んでしまったのだ。
「でも、楽しみだな」
「うん!」
新しく始めることは、怖くもあるし、楽しみでもある。
彼らと一緒ならば、恐れる事は何もないと、最近特に強くそう思うんだけど。
「だから、早く食べろよ」
俺は、この世界が好きだ。
保護者のように世話を焼いてくれる金、無愛想ながらなんだかんだ面倒を見てくれる赤。
全てが愛しいのだ。
あの日の答え、イエスだと確信した日から。
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