不幸を彩るものでも
- 「お早う、レイ」
「……ん?」
「朝だよ」
頬を撫でる指の感触に、俺は目を覚ます。
何て穏やかな目覚めなんだろう――目の前で眠る人を除いては。
不幸は確かに、突然訪れるものに違いない。
「……もう、退院の日なんだ」
「回復力、凄いって。聞いた?」
「うん」
彼じゃなければ、死んでいたかもしれない。
医者を呼んで応急処置は済ませたものの、そのままでは危ないという事で、近くの病院に移送されたのだった。
「金じゃなくてよかった……とか言ったら、赤、怒るかな?」
「ん? いやぁ……そんな事はないと思うけどな」
「そう?」
俺は金にやられたみたいに、赤の頬を、指の背で撫でる。
「大切な人が傷つくの、嫌だろ。物理的にも、精神的にも。だから、自分でよかったと思ってるんじゃないか」
「……赤って、そんな大人だったっけ?」
全部俺の想像な、と言われ、思わず笑う。
その時、赤はゆっくりと目を開けた。
「お早う、赤。大丈夫?」
「……あぁ」
「何、その顔。嫌な夢でも見たの」
くすりと笑うと、彼はばつの悪そうな顔をした。
「それより、調子はどう? もう家に帰れるんだよ」
「……そうだな」
目。見えていないのかもしれない。
刺された方は完全に使い物にならなくなっていて、眼帯を着けると更に悪い人にしか見えなかった。
――手も、動かなくなってしまったし。
けれど彼は意外に穏やかに、俺の方が慌てているらしかった。
「日常生活には支障があるだろうけど、まぁそれはそこの奴も同じだもんな」
「2人で漸く一人前って事か? お前となんて願い下げだけどな」
「そんな事は言ってねぇ」
「はいはい、喧嘩は終わり」
それでも数日、赤は本当に弱っていた。
こんな事言ったら悪いし、考えるだけでも申し訳ないんだけど――自殺すら、考えたんじゃないかと思わせるくらいまで。
でも今はこうして、口喧嘩に近い事までやってみせる。
俺はそれだけでよかった。
生きていてくれた、その事実だけで十分だった。
「よかった――本当に」
ふと頬が緩むのと同時に、涙腺も緩んだ気がする。
気が付くと視界は滲んでいて、
「おい……どうした? レイ。何で泣いてるんだ」
――1番辛い筈の人が、こんな風に心配してくれていた。
その事実が嬉しくて、悲しくて俺は、また泣いてしまった。
「おい、レイ――?」
「生きててくれて、よかった」
「……は」
赤は一瞬驚いたように、一切の動きを止める。
そして、そのすぐ後――
――笑った。
「な! 何で笑うんだよ、赤!」
「お前――馬鹿だろ」
「はぁ!? だから何で――」
「俺が、死ぬわけないだろ」
金と同じ事を言う。
そうか……悲しませたくないと思わせていたのは、俺か。
幸か不幸か、彼らが好きだと言ってくれたのは、俺で。
その思いが赤を繋ぎ止めていたのかもしれないと思うと、何だか切なくて、嬉しかった。
「……そうだね」
ぎゅっと布団を掴むと赤は残された手で俺の頭をゆっくりと撫でた。
慣れてきたのかな。最初の頃より随分、そんな気がする。
「そういえば、レイ」
「ん?」
「あの答えは、いつ聞かせてくれるんだ?」
「……あ」
――そうだった。
そういえば赤が刺される直前に言いかけたんだった。
色々あって、それら全ては有耶無耶になってしまったけど。
「帰ったらにしよう。ね?」
病院で告げるというのも変な話だ。今にも死んでしまうみたいに。
今度こそは忘れない、と言う。
「――そうだな」
「楽しみにしてる」
「……うん」
――何ていうか、そう、期待されても困るんだけど。
笑いながら言った金に苦笑を返して、それでも今は幸せなのだと感じた。
歪んだ物はもう戻らなくても
新たな道を敷く事はできる
彼らが選んだ道は?
それが最上の選択なのだろうか
答えは今、模索している途中だから
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