捩曲げる事の序章


 ガシャン、パリンという音は、あながち大袈裟な効果音ではない。

「……!」

 俺は手からガラスのコップが滑り落ちた事は知っていたが、どうしても彼らから目を背ける事ができなかった。
 マスターに、ちょっと、と言われたものの、相変わらず俺の視線は離れない。
 ――どうして、そんな。
 片手の男の手に揺れる黒い剣に、俺は恐怖を覚えた。

「レイシ……?」

 金髪のローランは俺の存在に気付いたらしく、俺の名前を呼ぶ。
 赤髪の方は……さっきまで一緒に呑んでいたから、今更こっちに注目する事もしないだろう。
 しかし――『金』が俺の名を呼んだ事に疑問を覚えたようだった。

「……お前、何でレイシの名を……?」
「……お前こそ」

 あの2人の間に、どんな因縁が有るというのだろう。険悪な雰囲気だ。
 何か喋っていたようだったが俺には聞こえず、ゆっくりと木の床を踏み締めて近付いた。

「……ローラン。久しぶり」

 2人はこっちを見る。それは少しもおかしい事じゃない。
 ――何故なら2人とも、名はローランだと教えてくれたから。

「2人ともローランだなんて……元気にしてた?」
「……お前も、ローランなのか」
「あぁ……俺は、何とかやっていたよ」

 金髪の方のローランは赤髪の方の言葉を気にも留めない。
 彼は一体、何をしに来たのだろう……さっきの、赤のローランを睨む瞳は尋常ではなかった。
 それは、その手に剣が握られている事からも容易に察せられたのだが。

「……とりあえず、外に出よう。話はそれからだ」

 不穏な空気に包まれつつある酒場。周りの視線がいたたまれない。
 俺が何とか取り持たなければと、俺は2人の手を掴んで外へ出た。






「……酷いよ」

 どちらに向けるでもないその言葉は、沈黙を守る虚空の中に消えた。
 聞こえるのは両脇の息遣い。
 握り締めた、その手の温度だけ。

「俺は、どっちも知ってるからそう言うけど……」

 両者は互いをどう思っているんだろう。金髪の方は憎んでいるようだが。
 いや――あるいは、赤のローランは、何も思っていないかもしれない。
 悲しかった。

「……よし、ローラン」

 俺は金髪のローランの方を見る。

「俺と暮らそう」
「は……?」

 被る声は、唐突な俺の提案に驚きを覚えた事を示す。

「こいつが君を傷付けた罪は重い。旧友の為だもの……幸い俺は、どっちも知っているし。ローランさえ嫌じゃなければ――」
「嫌だね」
「は!?」

 いきなり背後から抱きしめられた。
 手はいつの間にか解かれている。

「おま、何言って、」
「『ローランが嫌じゃなけりゃ』……とお前は言った」
「それは、そうだけど」
「――俺も、ローランだ」

 金の方は何も言わない。ただ呆気に取られているだけだと思うが。
 赤は笑う。暗くても見える程の、鮮やかさで。

「――ローラン、」
「嫌だ」

 ……そりゃあ、金はそう言うに決まっている。俺だって嫌だよ。
 困った、と言う風に赤を見ると、赤はただ笑っているだけだった。
 たった、それだけだった。

「……分かった。じゃあ、3人で暮らそう」
「は!?」
「それが一番いいよ、多分」

 金の方に笑う。

「……大丈夫」

 いつか分かるよ、ローラン。
 俺はそうして金髪のローランを説き伏せた。







 ――さて、そんな俺は、『彼女』の運命を捩曲げてしまった事を知らない。




















10-9/3
(レイシ君、弁償してよ)
(うぅ……ごめんなさい)





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