歪み行く道筋


 夢魔が囁く。もうこのままでは居られないと。
 不安定な関係を続けるには、もう時を重ね過ぎたと。
 これからどうすればいいのか、夢魔は語らない。
 ただ、俺自身の決断を待つかのように、静かに微笑むだけだ。






「……ん?」

 目が覚める。ベッドの上で。
 陽が眩しく、シーツの上に差し込む。
 ――でも、昨日は確か、俺はソファーで寝たんじゃなかったか。折角新しいベッドを買ってきたのにと思いながら。
 そこまで考えて、視界に映り込む影に気付いた。

「起きたか? レイ」
「……ん?」

 調子はどうだと言う、そこに居たのは赤だった。
 ――何故だろう、昨日の事を忘れてしまったみたいに、笑っている。
 もしかしたら何もなかったのかもしれない、と思い大丈夫だよと言うと、赤は笑った。

「……あの、さ」

 身体を起こす。寝過ぎた時の特有の痛さに見舞われた。
 俺の小さな呟きを拾ったのか赤は真っ直ぐ俺を見る。

「赤、昨日――」
「ご飯できたぞー!」
「……うるさいな、あいつ」

 階下から聞こえた金の大声に遮られる。
 赤のしかめつら。その表情を見て思わず笑いそうになる。
 後で聞いてやるから、と言われ俺は素直に頷いた。
 柔らかに、頭を撫でられながら。

「……うん」

 昨日の事を、聞くのは怖い。今までの関係が壊れてしまいそうで。
 何があったのか、彼らは何を言いかけたのか、それら全てを含めて。
 ――もしかしたら、そうなんじゃないかと。
 きっと俺が知りたくなくても、真実は突き付けられてしまうだろう。
 だから、今だけは。

「今行く!」

 まだ始まったばかりのこの時のいずれ訪れる喪失を、悲しんだっていいんじゃないかと思うんだ。






「寝過ぎだな」
「寝過ぎたよ」

 溜息をつく。今なら、幸せが逃げたって構わない気がする。
 もう逃げる程の幸せさえ、無いと思うからだ。

「ひどいよなぁ。金あのまま俺の事ほっとくんだもん」
「まぁ、ベッドには運んだろ?」
「折角の新しいベッドだったのに寝てたんじゃ意味ないだろ」

 そもそも寝てしまったのは金のせいなのだ、何故にそんな事を言われなければならない。
 むすりとふて腐れると、不意に赤と目が合った。

「……、」

 ――そうだ、元はと言えば、こいつが悪いんじゃないか。
 赤も俺が思った事を解したのか目を逸らさずに見つめてくる。

「――何、」
「何で見つめ合ってんだよ、2人とも」
「……別に、そんなんじゃ」

 今までなら喧嘩も始めそうなのに、今は金の咎める声が、ただ優しかった事に不安を覚える。
 ――変わってきたのだといえばそれまでだけど。
 昨日、赤が言った事、俺が考えた事と関係がありそうで。

「……なぁ」

 フォークを置く。どちらと視線を合わせるわけでもなく。
 金も赤も、俺がこれから言う事を分かっているみたいだった。

「昨日、赤が言いかけた事……なに?」

 少しの沈黙。

「金も言ってたよな。赤が居ないと言えない事だって。……予想は付くけど、でも、」
「聞きたいのか?」

 否定でも肯定でもない。
 けれど瞳が、声音が、沈黙が、その答えを語っている。

「……うん」

 少し迷った後、小さく頷く。
 聞きたくないなんて、今更、そんな――
 俺達の関係は、確かに変わりつつあるのに。

「俺は、お前が好きだ」
「っ!」

 鈍器で頭を殴られたような衝撃。
 赤の真剣な瞳とぶつかった。

「初めて会った時から、ずっと好きだった。……男同士だし、お前を困らせるのは悪いと思ったから、言わなかったけどな。ずっと俺はそう思ってたよ」
「……俺も」

 金がぽつりと呟く。

「レイの事、好きなんだ」
「……金は、恋人、居たろ」
「昔の話だ」

 ぎりぎりの言葉も軽く流される。

「こんな事言ったら、もう一緒に居られないかもしれない。でも、それでも伝えたかったんだ」

 金の手が俺の頬を撫でた。
 俺は俯いたまま言う。

「何だ……覚悟してないのは、俺だけだったんだ」

 知っているつもりでいた。2人のこと。
 偶然再会したあの日、出会った時から何も変わっていないと思っていた。
 何故だろう――2人はいつからか俺の事を、『友人』としては見ていなかったというのに。
 俺は気付かないでいた。

「……俺が答えなきゃ、困るか?」

 答えられる気はしない。
 今の俺じゃあ、誰もを納得させられるような答えを出せそうにない。俺すらも。
 だって、まだ――突然すぎて。

「まさか、そんな風に思われてるなんて知らなかった……俺、」
「レイ、今は答え、いいから。俺達がこんな事言って、困らせてると思うけど、それが嫌かどうかだけ、聞かせてほしい」
「……嫌?」

 金の言葉に、俺は勢いよく顔を上げる。

「嫌なわけ、ないだろ。好かれてて嫌に思う奴なんて居るのか」
「いや、でもレイ、俺達の「好き」っていうのは、」
「分かってるよ」

 赤は沈黙したまま。
 2人の気持ちを汲み取れないくらい、俺は愚かじゃないって事だ。

「でも、まだ、答えは出せそうにない……二択なんて、俺には無理だよ」











彼は泣き笑いの表情のまま、言った





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