思い出した事、2つ
- 「……何の話をしてたんだ?」
答えてもらえない事を知りながら聞いてみる。
当然の事ながら赤には黙殺され、金には軽く目を逸らされた。
「はぁ……ま、教えてくれなくてもいいけどさぁ。ローランサンとはまた会う事になりそうなのか?」
「うーん……また会うっていうか……」
「来ると言っていた」
「え!?」
ローランサンの表情が、手に取るように分かるというか……。
来るのかよ。
「……ま、いいけど。今日は俺の知らない間に帰ったみたいだしね」
「それは……」
「いーよ、別に。ローランサンが勝手に帰ったんだと思うし」
若干自分本意で勝手で思い込みの激しいところがあるけれども。
まぁ、悪い奴じゃない。幼馴染みだから分かる。
……喧嘩っていうか、大声を出していたのは気になるけど。
「――で、何で喧嘩してたんだ」
さっと赤の表情に影が。
金はあからさまに強張った表情をした。
「……それは……」
「俺が、あいつの大切なものを奪ったそうだ」
「……え?」
淡々と告げる赤の声。
大切なものを――奪った?
かつてローランサンが叫び、泣いた映像と重なった。
「大切なものって……」
笑って、茶化そうとした。内容を知らないから。
でもその瞬間、かつてローランサンが語った言葉を思い出す。
『ある目的の為に』
その目的は聞いていないから確証はない。
でも――もしかしたら、彼は。
「――まさか――」
俺は息を呑む。……そんな、まさか。
でもローランサンが罵り、覚えているという事は、きっと他にない。
……俺は、赤だと確信したわけではない。
「……いや、そんな、」
「……レイ?」
「っ!」
金の手を思わず払いのけた。俺は自分が何をしているのか分からなかった。
――だって、それが、恐ろしかったから。
その想像が、嫌だった。
「レイ……まさかお前も……?」
「ごめん……ごめん、赤」
疑う。疑心暗鬼。でも想像は留まるところを知らない。
解る。今なら。彼が何に怯え叫んだのか。
嗚呼――俺は、彼の姿を見る前に逃げたから、知らなかっただけなんだ。
「赤……まさか、そんな……」
俺は立っていられなくなり壁に手をついた。
何で――俺の中を占めていたのは、怒りではない。
疑問。どうして。
それしか浮かばない。
「レイ、大丈夫か!?」
「あぁ……ごめん、大丈夫。でも――」
――何で、俺達なんだろう。
どうして俺達じゃなきゃいけなかったんだろう。
俺は壁にもたれかかって、赤は腕を組んで、そして互いを見ていたような気がする。
いつの間にか俺は寝室に居て、赤と2人きりにされていた。
金は気を遣ったのだろうか。……だとしたら、申し訳ない。
まだ夕食もとっていないのに。
「レイ」
「……ん?」
そっと頬に触れる赤の手。
いつものように破壊を望む強さではなく、労るような優しさを内包した。
それでも反射的に目をつぶれば、俺は自身の目が腫れている事を知った。
「――悪かったな」
一言、謝罪の言葉。
――でも、それは俺に言うべき言葉じゃない。
ローランサンに、そして彼の大切な人に言うべきだ。
「俺は――」
「お前を、また泣かせちまった」
「……え?」
気が付いた時にはぐいと抱き寄せられ、赤の腕の中に収まっていた。
「……もう、泣かせないって、誓ったのにな」
呟くような声。でも耳元なら届く。
一体何の事だ、そう問おうとして俺は思い出した。
「……あれは、俺のせいだよ。俺がもっと心を強く持っていれば」
「あれが俺達の始まりだったんだ」
「……あれが?」
酒場で起きたその事件は、未だに生々しく俺達の中に残っている。
赤のやった事に怯えて俺は泣き出したわけだが、――確かに、それが俺達の始まりだったのかもしれない。
その前から互いを知っていたし話した事もあったけど、正確には。
「――でも、いいよ」
ゆっくり瞬きすると、涙が頬を伝うのを感じた。
嗚呼――そうか、俺は泣いていたのか。だから瞼が腫れていたんだ。
しかし、ぽつり、ぽつりと涙を落とす度に、心が晴れていくような気がした。
「……金に、いっぱい迷惑かけちゃったね」
「……そうだな」
「俺はもう大丈夫だし、夕食、食べよう」
「――どこが大丈夫なんだ」
「え!?」
拘束が解けたので立ち上がろうとすると、ぐいと手を引かれた。
「大丈夫じゃねぇだろ」
「それは、赤が強く引っ張ったから……」
「そうじゃなくて」
赤に睨まれるようにして口をつぐむ。
「もうメシは食っただろ」
――そう言われて、俺は本当に動揺していたんだと知った。
混乱する頭でその時の事を思い出そうとする。
「あれ、えと……そうだっけ? 何か、全然覚えてないんだけど」
「疲れてるんだろ」
「……そうかも」
赤の言葉にすんなり従ったのは本当に疲れていたからだ。
ついさっきの事もある。今日は早く寝るのが得策だろう。
「――ごめん、寝ていい?」
「あぁ」
「……有難う」
半ば転がされるようにしてベッドの上に横たわる。
――いい夢は見られそうにないけれど、今は、目を閉じなければ。
赤のぎこちない手の動きを感じながら、俺はあっさり眠りに落ちていった。
11-1/18
(……お前、嘘ついたのか)
(寝かせるべきだと思ったからな)
(ていうか騙されるとは思ってなかったんだろ)
(…………)
(――仕方のない子だな)
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