失われた記憶、

「来てくれたんだ」
「……昨日も言わなかった? それ」
「だって」

 メルは嬉しそうに顔を綻ばせる。
 しかし――レイシにそれは見えているのだろうか?

「……僕、思い出した事があるんだ」
「本当?」
「それをレイシに聞いてほしくて」

 井戸の縁に腰掛けるレイシ。
 メルは恐れながらもレイシの手に、自身の濡れた手を重ねた。

「うん。聞くよ。何?」

 レイシは、恐れなかった。
 重ねられた手を裏返し、握り締める。

「……僕は、何も覚えてないんだ」
「……え?」

 記憶が無い事を思い出したんだ、とメルは呟いた。

「懐かしい事なら沢山ある。僕が抱いていた人形、君の雰囲気……でも、何1つとして、僕の記憶にはならない」

 メルはもう片方の手でレイシの頬を撫でる。
 気持ちよさそうに――懐かしそうに、レイシは目を細めた。

「懐かしいなぁ――」

 2人は突然そう口にする。同じように。
 はっと気付いた時には、もう遅くて。

「まさか――メル――」

 レイシは口を閉じて俯く。まるで、悪い予感に確信を持ってしまったかのように。

「懐かしいって……レイシも?」
「メル……俺達……」

 レイシはメルの手を優しくほどく。
 しかし今のメルには、それが激しい拒絶としか取れなかった。
 歯の根が合わないほど震えたレイシはメルから離れる。

「レイシ――?」
「ごめん……メル、俺……」

 そう言って、レイシは家の方へ走り出す。
 メルが呼び止める間もなくレイシは姿を消していた。

「レイシ……どうして……?」

 ただ、水の滴る音だけが響いていた。















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予感は、推測へ
推測は、確信へ


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