>> 幼き日の戯れ

「お腹空いたね、エレフ」
「うん、そうだねレイシ」

 エレフは首を傾けたままレイシの言葉に答える。

「……帰らないの?」
「うん」

 レイシはぱしゃぱしゃと水を跳ね上げていた足を止めた。
 水面の揺らぎが落ち着き、丸い月が帰ってくる。

「何で?」

 そう問うと、悪い事は何もしていない筈なのに、エレフはその大きな瞳を潤ませた。

「えっ!? どしたのエレフ!」
「……っく……帰り道……分か、んな……」
「へっ!?」

 しゃくり上げるエレフの背中を優しく叩く。
 しかしその言葉に驚かない訳がない。
 ――確かに今日は、調子に乗って随分と遠い所へ来た。幼い2人に自重という言葉は分からない。
 レイシは苦笑するように言った。

「大丈夫だよエレフ。俺分かるから」
「えっ……!」

 寧ろ驚いたのはエレフだ。確かにここへはレイシの先導で来た。
 しかし周りを見回していたエレフにも分からないのに、レイシに分かるなんて事あるのだろうか。

「だって、道に迷ったら困るでしょう。エレフが覚えてるなんて思ってなかったし……」
「……ひど……」
「まぁいいじゃん」

 また泣きそうになるエレフを撫で、レイシは池を見た。

「……ねぇ、エレフ」
「ん……?」

 既にレイシの足は水から引き上げられ、エレフの隣でちょこんと体育座りをしていた。
 エレフは涙を堪えながらレイシの方を見る。

「俺ねぇ、あの月が欲しい」

 取れるんじゃないかな、と言った。
 しかしエレフは、取れないだろうと思った。
 レイシが手を伸ばすのを黙って見ている。

「月……いつか取れるかな」

 今、レイシの手は月には届かない。
 只水面を揺るがせただけだ。
 エレフは黙ってレイシの言葉を聞いていた。
 ――どっちが大人だか分からない、とでも言う様に。

「……じゃあ帰ろうかエレフ」
「うん」

 エレフはレイシの手を握る。レイシも握り返した。
 2人は月の照らす夜道を辿って家に帰った。









10-8/11



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