>> 麗しき故郷

「……んぅ……」
「お早う、レイシ」

 息苦しさに目が覚める。

「……エレフ」
「普通に起こしても起きないんだもんな、お前は」
「うるさいな……」

 そう言って、エレフは笑う。
 ――という事はやはり、今日もキスで起こされたという事か?
 いい加減恥ずかしいよ、俺は……。

「ほら。朝ごはんできてるから、食べよう」
「……うん」

 起きぬけの頭では、どうせたいした事は考えられない。
 俺はエレフに手を引かれ、部屋を出た。



「じゃあ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」

 いつも、忘れ物が無いかと心配するのは、エレフの方だ。
 それを無理矢理送り出すのが俺。
 双子だというのに、俺達は対極である。

「今日は、早く帰ってくるから」
「……え? 何で?」
「忘れたのか?」

 呆れたように、エレフに言われる。
 出勤までもうそんなに時間が無い事を知りながら、俺は首を傾げた。

「ほら。……レオン兄さんの命日だろ」
「……あぁ」

 分かった、じゃあ、用意しておくよ。
 忘れないように頭にそれを刻み込みながら言うと、エレフは漸く安心したように笑った。
 いつものように、何度も振り返りながら、彼は行く。

「……辛いんだろうな、エレフ……」

 去年の今日、エレフは泣いて泣いて、仕事どころではなかった。
 自分が奪った命――無知故の行為――
 多分、全てが自分のせいだと、悔やんでいるのだろう。

「……俺は、エレフのお陰で生きてられるんだけどなぁ」

 エレフが居なければ、俺も今頃死んでいたかもしれない。
 あの時、もしレオンと戦っていたのが、エレフじゃなかったら……。
 歴史に『もしも』はないのだ。
 ――そう割り切る事も、難しいんだろうけど。

「……そうだ。用意しなきゃ」

 今日は、レオンが死んでからちょうど2年が経った日。
 俺達はアルカディアの美しき山々の中で暮らしていたけど、一度だってレオンを忘れた事はなかった。
 ……だって、忘れられはしないでしょう?
 それは同情とは、多分違う。

「――俺は、また、泣けないままだな」

 泣いたのは、レオンが死んだ瞬間だ、確か。
 わけも分からないくらい泣いてしまったけど……エレフが一緒に居たから、そうでもなかったような気がする。

「……エレフ、今年は、泣かないでね」

 涙なんて、本当は止められるものではない。
 だから届かないようにこっそり呟いたのだけど。
 ――だって、見てるこっちが悲しいでしょう?
 レオンの事は悲しいけど、それでも……。



 エレフは罪を贖うようにわざわざ此処から王宮へ通っていた。
 何度も王宮に住む事を勧められたが、俺達はそれを断った。
 俺達は互いに、罪を悔いていた――それが、贖罪になるとは思わないけど。
 それでもきっと、あの時笑ってくれたレオンは、許してくれるのではないかと思った。



「ただいま」
「――!」

 ふわりと、頭上から降ってきた言葉。
 振り返ると、そこには頭1つ分高い双子の兄が居た。

「エレフ、お帰り!」

 俺はガバリと抱き着く。それをエレフが撫でる。
 これが俺の、最近の出迎え方であった。

「待ってね。後はこのスープが出来たら完成だから」
「あぁ」

 何度も優しく撫でた後、エレフは離れていく。
 その温もりが、恋しくもあったけど――まぁ、今はずっと一緒に居られるんだし。

「エレフ、頼んだ物は買ってきてくれた?」
「あぁ」

 これで良いんだろ、後で確認しておいてくれよと言われて、ありがとうと言い返す。
 街へ行くエレフには、買い物を頼む。
 ――俺?
 俺はずっと、この山の家に、居るから。

「……レオン、俺達を見てなんか思ってるかな」
「……さぁ」
「でもね、レオンも蠍も、俺達の事分かってたと思うよ」

 くすくすと笑いながら言うと、エレフは驚いた様に言う。

「何でだよ」
「んー? 何でかなぁ……なんか、バレちゃってたみたい」

 まぁ大方、俺のせいなんだろうけど。

「――バレてたんなら多分何も言ってないと思うけどな」
「そうかなぁ」
「オリオンも半ば諦めてたぞ」
「……え?」

 何を、と言うと、何でもとはぐらかされた。
 ――そういえば、俺は、はぐれた後の2人を知らない。
 スープできたよと言ってエレフを手招いた。

「何?」
「……俺、オリオンの話、聞いてない」

 空白を埋めるのは、床に倒れ伏していたあの姿だけ。
 ――でも、そんなの、悲しすぎるよね。

「――あいつな、あの嵐の船の中で、レイシの事好きだって言ったんだぞ」
「……え?」

 聞かなきゃよかったかもと俺は後悔し始める。

「あの、絶体絶命の時に、だぞ。しかもお前が海に投げ出されてから。……助けなきゃって言って、あいつは海に飛び込んだんだ」
「はぁ!?」
「俺が止めるのも聞かないで」

 ……オリオン、君って、実は凄かったんだね。
 好きだと今更時を越えて聞かされても、どうしようもないけれど。

「……だからかなぁ。王宮に来たの」
「……そうなのか?」
「うん。……蠍を殺して、レオンに殺されたんだ」

 あの時の事を思い出すと俺は今でも怖くなる。
 近かった人が殺され、兄弟だと気付かずに殺し。
 ――神託さえ、運命さえ残酷じゃなければ、俺達は平和に暮らせていたのに。

「――レイシ、」
「でも、過ぎた事を考えてても、仕方ないよね。今はもう、少なくとも、俺達は幸せなんだから」

 沢山の人は死んでしまった。
 俺達に関わっていた人は殆どが死んでしまったけれど。

「……あぁ」
「だから、エレフ。……今日は、泣かないでね」

 俺が笑うと、お前こそなと頭を撫でられた。



 大切な人を失った痛みはそう簡単に拭い去れるものではない。
 それが、運命に導かれ、残酷なものであったとしたら、尚更……。

 それでも俺達は、生きていかなきゃならないだろう?
 彼らの命日を数え、互いを支え合い、一歩ずつしか進めなくても。

「……もう、星は数えないよ、エレフ」
「……?」
「星を詠まなくたって、俺達は幸せになれるんだから」



















10-11/28



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