>> 終焉

 ――死んだって本当か、オリオン。
 ――掠われたって本当か、レイシ。
 俺の心は惑う。

「……どうかなさいましたか? 将軍閣下」

 一番傍に居てほしい人が居ない。
 親友はこの世から失われてしまった。
 ……俺は何故、戦っているのだろう。

「……いや」

 一刻も早く、王都に着かなければ。
 その呟きを拾ったらしいシリウスが目を上げる。

「……閣下には、大切な人がおられるんですね」
「幸運な事にな」

 まだ、生きていると良い。
 同じ空を見上げていると良い。
 ……彼が、まだ忘れていない事を祈る。

「……聞くか?」
「え?」
「私の『大切な人』の話」

 星詠みの才が無くても分かる、明らかなる兆候。
 ――でも、いつかどこかで出会えると、そんな気がしてならないから。

「はい」

 今、せめて、俺達が生きた証を残そう。










 俺は今、全速力で走っていた。
 鍛えた身体が、まだ衰えていなくてよかった。
 彼らが出会う前に、俺がどちらかを見つけなければ。

「どこに……居るんだよ……っ!」

 蠍もレオンも軽々と乗っていた馬に、俺は乗れないのだ。だから自分の足に頼るしかない。
 ……エレフ、今頃お前は、何処で何をしてるんだろうな。
 悲しくて仕方がないから、せめて俺より先に2人が出会わないように、祈るばかり。






「勇者デミトリウスが子、レオンティウス!」

 私が相手になろう、とレオンが言った。

「望むところだぁ!」

 そう言ってエレフがレオンに飛び掛かるのを、俺は呆然と見つめている。
 ――止められないのかって?

「くっ……!」

 ――出来、ない。

「どうしてこれ程の男が……!」

 何で。どうして。2人は争っているの。
 そんな不毛な事……争いは何も生み出さないって、知ってるだろ?
 憎しみは、憎しみで返しちゃいけないんだよ、エレフ……。

「ッ!」

 翻って場所が変わった瞬間、何故かレオンの動きが一瞬止まった。

「レイシっ、何で……!」

 一瞬の隙。エレフはそれを見逃さない。
 双剣で弾かれ、レオンは槍を取り落としてしまった。

「早く逃げ――!」
「危ないっ!」

 エレフはおもむろにレオンの槍を拾い上げると――
 ごく当然のように、雷を纏った槍で、彼を貫いた。

「レオン!」
「レイシ……」

 走る。レオンは無事なのか?
 エレフの横を走り抜けて行こうとするといきなり後ろから抱きしめられた。

「エレ……?」
「会いたかった」

 レイシ、と耳元で囁かれ、そっと顎に手を添えられる。
 何をされるか分かっていた……でも俺は抗えない。
 何故って、決して同情ではないのだが。

「ん、ぅ……」

 柔らかな口付け。兄弟同士でするものではないとしても。
 レオンのそれよりは遥かに激しく。

「エレフ……」
「会いたかった。レイシ」

 目の前のエレフは、俺の記憶とは全く違った。
 紫のメッシュが入った髪は長く伸び、昔と同じところに三つ編みは在る。
 俺の方がエレフより長く見えるのは、俺の髪がストレートだからかもしれない。

「……ごめん」
「レイシ!?」
「レオンが……」

 俺はやんわりとエレフの手を解くと、横たわるレオンの許に寄った。
 レオンは俺が近付いたのを分かったのか薄く目を開け笑む。

「レイシ、そんな奴に構うな。そいつは敵――」
「……兄さん」
「!?」

 俺はレオンの手を握り締める。

「母さんに聞いた……俺達、本当は、兄弟だったんだね」
「あぁ……隠していて、すまなかった」
「いいえ……」

 つ、と俺の頬を涙が伝う。

「ありがとう……兄さん」
「……お前は、幸せになりなさい」
「……いいの?」
「誰だって、幸せになる為に産まれてきたんだ」

 お前1人そんな権利が無いわけないんだよと言われ、俺は大泣きしてしまった。
 もう、レオンは役目を終え、あるべき場所に還っていくというのに……。
 最後の最後まで迷惑をかけるなんて、あなたは笑うだろうか。

「レイシ……」
「レオン。次会う時も、俺はあなたと一緒でありたい」

 今度はあなたの事をもっと知りたいよ、という意味で言った。
 ……最初から知っていれば、俺達が争う事なんて、なかった筈なのに。
 そう運命を詰りたい気持ちを抑えながら俺は言った。

「……私もだ」

 そう言ってレオンは瞳を閉じる。

「……レイシ」
「何、エレフ」
「どういう事だ」

 俺はゆっくりと振り返った。

「レオンは俺達の兄にあたるんだ」
「……え?」

 困惑しているようだ。無理もない。
 今まで敵だと思っていた人間が、いきなり兄だと言われたんだから。

「……俺も最初は驚いた。でも、でなけりゃ説明が付かない事がいくつもある」

 色の違うメッシュ。似たような瞳。俺を見つめた眼差し。
 全て、俺達が『家族』である事を物語っていた。

「とにかくこの人は俺達の兄で、」

 ……知らなかったとはいえ、お前は大変な罪を犯してしまったんだよ。
 俺は心の中でそう言った。

「……レイシ」
「エレフ、何で俺にキスしたの?」

 戸惑うようにエレフは口をつぐむ。

「エレフ?」

 答えられない筈がない、と思う。
 『久しぶり』の言葉の代わりの行為だったから。

「……時は人を、こんなに変えるのかと思った」
「……うん?」
「昔からお前のことが好きだった。……でも、さっき見た瞬間、今まで俺が感じていたのは幼い恋だと知った」

 じっとエレフを見つめる。

「今は確かに、愛してると言える。……俺は、許されないかもしれないけど、お前を愛してる」
「エレフ……」

 その紫水晶は、真摯に俺を射抜いた。
 まるで答えを予期しているかのように。
 俺の答えが1つしかないのを知っているかのように。

「……ありがとう」

 会えない時間は寂しさで埋めて、その寂しさは余計俺達の恋慕を煽った。
 だって、好きだ。理由なんて要らないくらいに。
 レオン兄さんは死んでしまったのに、これでよかったんだ、なんて思ってる。

「……馬鹿だね、エレフ」
「何で」
「どうして沢山の人を殺してしまったの?」

 優しく、俺を抱きしめる手を撫でる。
 今更気付いたかのようにエレフはさっと手を引いた。

「馬鹿だなぁ……俺達、そんな事しなくても幸せなのにさ……」
「レイシ……」
「エレフ……」

 ずっと昔から、好きだって思ってたのにさぁ。
 泣きそうになりながら、俺は背伸びをして、そっと唇に近付いた。

















10-11/22
(出会えてよかった、エレフ)
(もう二度と放さない)



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