>> 謝罪の真意 「……レイシ」 名前を呼ぶな、とは言えなかった。 連れ去られるとしたら、やはり軟禁とか監禁状態だと思っていたので、まさかこんないい待遇だとは思っていなかったのだ。 それでもやはり返事をするのは癪で、俺は返事をする代わりに、顔を向けるだけに留めておいた。 「此処での生活は、不服か?」 「……当然だろ」 あまりにも当たり前の事を聞かれ、ムキになる。 「あんたが居るし、エレフは居ない。居るべき筈の奴が居なくて居るべきじゃない奴が居るなんて、不公平だ」 「……そんなに、兄が好きか」 「!?」 何故分かったのだろう、と思った。 「たった1人の肉親ならそうなるか」 「な、何で、知って……」 いや、父さんと母さんの話は分かる。こいつが殺したからだ。 「……さぁ何故だろうな」 蠍はそれだけ言うと、部屋から出て行った。 何だ、あいつ……結局何が言いたかったんだ? それに、何故エレフが兄で俺が弟だと分かったのだろう。 理解出来なくて、首を捻る。 「レイシ様」 「はっ、はい!」 「ご入浴の準備が出来ましたが」 蠍とほぼ入れ違いに入ってきた人。 ……蠍、王族って本当か? 何でそんな召し使いなんか。 「……後ででいいです。また後で、呼んでください」 「畏まりました」 恭しく頭を下げられるのなんて恐縮だ。 俺は今まで逆はあっても、下げられる方になった事はなかった。 だから余計緊張して、敬語が解けなくなってしまう。 「……人を遣うのって、どんな気分なんだろう……」 遣われた事はあっても遣った事はない。 でもみんなあんな思いをするんだったら俺は遣いたいとは思わない。 ……エレフはずっと、どんな気持ちだったんだろうか。 俺には分からない。 「……エレフ……」 白い、広いベッドに寝転がった。 息が詰まる思いがしたのは最初だけだ。今では慣れてしまっている。 それが良い事か悪い事かと言えば、きっと悪い事なのだろうけど。 俺はいつの間にか眠りに落ちていった。 蠍が死ぬ夢を見た。 夢だと分かっているのに、死ねば良いとすら思っていたのに、俺は蠍に縋って泣いていた。 死なないで、って……何で? 蠍を抱き締めて泣く俺の頭を、蠍は優しく撫でてくれていた。 何で――? 分からないけど、それはとても、やさしい記憶だった。 「……王」 「未だだ」 ふと目が覚めて、言いたい事を吐き出してみたら、何故か返事が返ってきた。 身体を起こすとそこに居たのはレオンティウス。 「……何で、此処に?」 「何度風呂だと呼び掛けても出てこないから心配になって、自分は入れないから私の所に来たんだと」 「……ふうん」 そうか、風呂に入ろうと思って、そのまま寝ちゃったんだ。 まぁ、風呂に入るのを断ったのは、あのままだと風呂で寝る自信があったからだけど。 いくら眠ったのか分からないが、頭は大分すっきりとしている。 「……後で謝っておかなきゃな」 「? 何故だ?」 「な、何でって……」 謝るのに理由が何か必要だろうか。 俺は困惑する。 「迷惑を掛けたんだから、当然だろ」 「彼らは皆そんなものだと思ってる。……お前もそうではないのか?」 「……俺は……」 ――違う。 「俺は、謝りたいから謝るんだ。そういうものだからとかは関係ない」 「……そうか」 少し戸惑ったように見える。 ――蠍に比べて彼は、まだ取っ付きやすい。 蠍と遠からず縁があるようだが、あまり気にしてはいない。 「……で、用事はそれだけ?」 「……あぁ」 「じゃ、俺、風呂に行くから」 レオンティウスを置いて部屋を出ようとしたが、いきなり手を掴まれる。 「なんっ……」 言葉はそれ以上、紡げなかった。 引き寄せられた勢いと、抱きしめられた驚きに、俺は何も言えなかった。 「……すまない」 「え……?」 唐突に謝られて困惑する。 「私は、お前達に、許されない事をしたんだ……」 『達』? 俺と誰に謝っているんだろうかと思いながら、少し緩められた拘束の隙間から見上げる。 「すまない……」 「分かった……いや、分かんないけど、とりあえず謝るのやめてよ。……王に謝られるの、変な気分だな」 そう言うと、さっと解放された。 しかしレオンティウスの唇には、何故か笑みが乗っかっている。 「なに……?」 「きっとレイシに謝られる彼らも、同じ気持ちになるだろうな」 「……あ」 そういう事だったのか、とは言わなかったが、そういう事だという事にしておいた。 「では、私は行くからな」 「うん」 レオンティウスはきっと悪い人ではないのだろう。……恐らく、蠍も。 けれど何故だろう、俺の胸から、不安は取り除かれなかった。 2010-11/16 大事な事を、聞きそびれたまま ← |