>> 宵闇の闖入者

 屋根を叩く雨音を聞きながら、俺は憂鬱な気分に浸っていた。

「どうしたの? レイシ」
「ソフィ様、」

 呼ばれて振り返ると、ソフィ様はそこの椅子に腰を下ろしたところだった。
 緩慢な動作が止まるまで待つ。

「――そういえば、此処に来る時も、海は嵐だったなって思ったんです」

 海を見たら、行きたくなった。
 逃げなければいけなかったし、俺達は港にあった木の船に即座に乗り込んだ。
 ――まぁ、結果など誰が考えても分かる通りで、俺達は今バラバラというわけだ。

「嵐の海に出たの?」
「はい……俺達を捕まえようとする人から、逃げて」

 流石に此処まで来れば、見つかる事はないだろうと思うけれど。

「大丈夫よ。みんなきっと無事」
「ソフィ様……」
「此処には皆、居るわ」

 俺が思い出していた事が分かったのだろう。――大丈夫。
 俺はもう、どんな事が起きてもきちんと向き合うと決めた。

「……ありがとうございます……」

 ソフィ様に抱きしめられ母のようだと思いながら、俺も背中に手を回した。






 早く寝なさいと言われ部屋に押し込められた夜中。
 耳慣れない音が響く。

「……?」

 硬い物が敷石を叩く音。どれにしろ、此処に居る間は聞いた事のない音だ。
 嫌な予感がした俺はカーテンの隙間から月明かりを頼りにし、そっと覗いた。

「……ッ!」

 ――それは、馬の蹄の音だった。
 妙な胸騒ぎ……木々が揺れたのは、嵐のせいではなくこのせいだったのだ。
 早くに気付かなかった自分を恨む。

「もっと早く気付いていれば……!?」

 フと、見えた赤。見覚えがある。

「あれは……」

 何年か昔。思う程時間は経っていないと思うが。
 家に帰った時に見た、不吉な影ではないか。

「あいつは、此処にも……!」

 しかし何故、あいつは此処に居るのだろう。
 あいつが生きているという事は――父さんは、もう――。
 分かっていた事だが、こうして突き付けられると苦しくて。
 胸の痛みにいつの間にか、俺は涙を流していた。

「何で――」

 呟いて、気付いた。

「……『俺』?」

 あの時居て、今も居るのは、俺だけだ。
 多分あいつは、俺を――。
 まさか、あの時もそうだったのか……?

「俺が――俺が、あの時、捕まっていれば――」

 ふらりと踏み出す。床が軋む。
 ドアを押し開け、裸足で声のする方へ向かった。

「此処が神域と知っての狼藉ですか!」
「――ソフィ様――」
「! レイシ!?」

 はっとソフィ様が口を塞いだ時には既に遅かった。
 赤い髪の男――まるで蠍だ――が、にやりと笑う。

「そうか、お前が……」

 ソフィ様を全く無視し、蠍はこっちに来る。
 何か言うのも全て無視。力任せに俺の腕を掴む。
 抗っても勝ち目はなかった。

「随分変わったな……女々しくなったと言うべきか」
「ッ! 誰のせいだと……ッ!」

 外に連れ出される。

「レイシ!」
「ごめんなさい――」

 今までありがとう。
 それだけを言った。

「別れの言葉はそれで終わりか?」
「俺達は1人じゃない……いつだって繋がっているし、また会える。だから別れの言葉は要らない」

 キッと睨み付ける。

「それより――」
「お前は二度と、誰にも会えない」
「――え?」

 蠍は背を向けて呟いた。
 上手く聞こえない。今、何て?

「何でもない。さぁ行くぞ」
「ッ……!」

 強く握られ、馬の上に乗るように指示される。
 馬なんて乗った事ないんだが……一体どうするつもりだろう?
 そう思っていると、すぐ後ろに蠍が乗ってきた。

「な、何を……っ」
「五月蝿い。静かにしていろ……早死にしたくなければな」

 『死にたくなければ』じゃないのか。
 僅かな言い回しに不安を覚える。
 それでも生きてさえいればいずれまた会えるだろうと、俺は口をつぐんだ。


















10-10/11
蠍どこまで暗躍活躍するんだろうね



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