>> 死の城壁と風の都―[side:Αδερφs]→

「今日はどうだった? オリオン」
「んー、昨日よりは痛くなかったんだけどなぁ」

 でも絶対、お前の方が酷いツラしてるぞ。
 そう言われて、俺は笑い返す。

「馬ー鹿! お前のが絶対ひどい!」
「言ったなー」

 2人とも勿論疲れているので取っ組み合いなどはしないが、はははと笑う事は多い。
 こうでもしなきゃ、俺達はやっていけない――こんな辛い日々の中から。
 先に話し掛けてきたのはオリオンで、俺はいつでも心の中に強く想いを抱いていたから、どんなに酷い事をされても負けるつもりはなかった。

「……寝るか、エレフ」
「そうだな」

 遅くまで起きている必要は無い。
 現に、周りの奴隷達は既に眠り始めている。
 明日も朝早いのだ――それは毎日の事だが――、眠らねば体力がもたない。

 俺は明日も、生きなければならないのだから。



 初めの頃はいつか此処から出られると、無意味な希望を抱いていた。
 約束――忘れちゃいない――しかし、それよりも。
 下手な真似をすれば俺自身が死にかねない。
 俺が死ぬわけにはいかない、だって俺は約束したから。
 せめてもう少し大きくなるまで、此処に居ようと考えていた。

 オリオンにはもう何度も同じ話を繰り返した。多分旧知の仲のつもりになっているだろう。
 嗚呼、彼は今、どこで何をしているのだろう。――会いたい。
 俺が働く事で成長したように、彼もどこかで成長しているだろうか?
 あの、彼以外には女しかいなかった人々は、一体どこへ連れてゆかれたのだろう?



「……おい、エレフ、起きろ」
「ん……?」

 オリオンが小声で囁く。
 何だというのだろう――普段ならば、誰か大人が大声で起こすというのに。
 何か悪い事でもあったのかもしれないと俺はできるだけ音を立てないように起き上がった。

「どうした、オリオン……?」

 俺が完全に起きたらしい事を知ると、オリオンはゆっくりと指をさす。
 勿体ぶらずに言葉で教えてくれればいいのにと思いながら、指された方へゆっくりと首を回すと――

「――明かりが、点いてる?」

 そこは所謂『変態神官』の部屋だった。
 勿論入った事などあるわけないからただちらりと見ただけなのだが、中はなかなかに豪華だ。憧れる。
 奴隷達を冷たい床に寝かせ、働かない奴があんな豪奢なベッドに寝るなど、殺意が湧いた。

「何で……?」
「さぁ。でも少なくとも朝ではないだろ」

 仕事が終わってからどれくらい経ったのだろう。つまりどれだけ眠ったかということだ。
 しかし部屋に明かりが灯っているのならそれは朝ではない証拠で、だったら夜なんだろうか。まだいくらも眠ってない?
 けれど、それ程眠気に襲われないという事は。

「行ってみよう」
「あぁ」

 俺の言葉は初めから問うことになっていて、それの答えをオリオンもあらかじめ用意していたかのように会話はスムーズだった。

 強いて言うならば、部屋を見に行く計画も万全だった。



 ちょうどその時、1人の女がその部屋に入っていくのが見えた。
 こちらをそれ程気にしないという事は、少なくとも此処の人間ではないのだろう。見た事もないし。
 女性の後ろから見た限り部屋の中は随分手薄そうだった。
 俺達は目配せし合い頷いて扉に近付く。

「じゃあ、俺が先に」
「うん」

 する事は随分簡単だった。俺はオリオンの提案に頷く。
 ――聞き耳を、立てること。

「エレフは見張っててくれよ。誰か来たら困るし」

 小声の会話も漏れやしないかと恐れた俺は、頷くだけで会話を終わらせた。

「……! お、おい、エレフ!」
「何?」

 そんなに呼ばなくても聞こえてる、と窘めると、ごめんとオリオンはすまなさそうな顔をする。

「ちょっと聞いてみろよ」
「……何だよ」
「いいから!」

 ぐい、とオリオンに押され、俺は嫌でも中の会話を聞く事になる。
 ――しかし、それが、まさか。

「この子が、荷物持ちのミッシュ。本当は連れてこないつもりだったんだけど」
「宜しくお願いします……」
「!」

 あの、声は……!
 聞いたことがある、まるで、女の子のようなその声は。

「おい、エレフ!」

 オリオンの制止は聞こえなかった。
 俺はドアノブに手をかけると、勇気を出す間もなく一気に回し切る。

「レイシ!」

 ――その名が、その人が、確かに『彼』である事を信じて。

















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ネストル空気



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