「お、射的、懐かしい」
俺は、浴衣を着て近所の夏祭りに来ていた。
近所ではあるが、その祭りは大規模だ。川を挟んで、あちら側でもこちら側でも、所狭しと露店が並んでいる。
夜には大きな花火が、1万発も打ち上げられるのだが。
「やってみようかな……子供の時以来だな」
俺ももういい年だが、どうしても祭りというものが好きで、毎年欠かさず参加していた。
俺はテキ屋のおっちゃんに代金を払い、銃を構える。
狙うは――
「……あーっ」
俺の撃った弾は見事に狙った物に当たった、だがそれはびくともしない。傾く様子も見せない。
だがまだ5発残っている。あと5発であれくらい落としてみせる!
そう思って、もう一度構えた瞬間だった。
「ぅわっ!?」
いきなり尻を叩かれ驚く。
「なっ、何すん――!?」
「構えがなっちゃいねえな、貸してみろよ」
「は――?」
「どれが欲しいんだ?」
どうやら俺の尻を叩いたのは、この青い髪の男のようだ、誰だこいつ。
しかも勝手に俺の銃を奪い、構えている。
悔しいが、その構えはとてもサマになっていた。……何者だ。
「ていうかあんた誰だよ」
「いいから取ってやるって言ってんだよ。欲しい物、言ってみろ」
「だから、何で」
「何となくだ」
「何となくって……」
「強いて言うなら、お前の銃の構えがなっちゃいなかったからな、教えてやろうかと思ってな」
「……余計なお世話だ!」
俺は男から銃を奪い返そうとするが、ひょいと避けられる。
「さっき落とそうとしてたやつでいいのか?」
「え? あ――」
「落とすぞ」
大きなクマ、と言って、男は銃を構えた。
そこだけ一瞬空気が変わって、放たれた弾はクマに当たり、クマをよろめかせ――落とした。
「……ええぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」
驚いたのは俺だけではなく、テキ屋のおっちゃんも、その一部始終を見ていた通行人もだった。
「な、何だよお前っ、何者だよ――!?」
「まだ4発も残ってんのか……他には何が欲しいんだ? 何でも取ってやるよ」
「いや……え、ていうか、何で……」
「何でもいいのか? 適当に落とすぞ?」
「あっ、いや、あれがいい!」
男は4発、きっちり使い、計5つを俺にプレゼントしてくれた。
「……あんたさあ、何者?」
大きなクマと、その他景品を抱え、俺は男に尋ねる。
「通りすがり」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて。射的のプロとかそういうこと」
「射的のプロなんて居るのか」
「……あんたがそうだろ」
本当何者なのか。俺の言葉も伝わってはいないらしい。
男は手を差し出した。
「……? 何」
「クマ持ってやるよ」
「え」
「安心しろ、俺はクマなんて持って帰る趣味はねぇし、お前が大変そうだから持ってやるうだけだ」
「……っ、ありがとな!」
若干悔しかったが、確かにこんな男がクマを持って帰る趣味はしていないと思った。
俺は素直にクマを渡す。クマを持っていたら邪魔になることは確実だし、それに意外と重かった。
「あんた、名前は?」
「スプリガン」
「……変な名前」
「お前は?」
「レイシ」
「お前こそ変だろ」
「あんたに言われたくはない」
正直不審者感全開だが、まあ欲しい物は取れたし、いいか。
少しくらい付き合ってやろう、この怪しい男に。
「ありがとな、クマとってくれて」
「いや、ちょっと射的をやってみたくなっただけだ」
「……あんた、射的やったことないの?」
「ああ、射的はないな」
「……射的「は」?」
いや、聞きたくない。何だか恐ろしい言葉が飛び出しそうだ。
俺は話題を変えることにする。
「そうだ、じゃ、あんたの食べたいもん買ってやるよ。クマのお礼」
「クマはお前の金だろうが」
「そうだけど、何か貰ってくれよ。じゃないと俺が落ち着かない」
「そうか」
「どれがいい? たこ焼き、焼きそば、綿あめ――」
「俺には分からんから、お前の好きな物を買え」
「は?」
分からないってどういう。国民的料理というかとても一般的なものだと思うんだが。
「あんたが本当何者なのか分からない……じゃ、俺の好きな物、適当に買ってくるぞ。いいんだな?」
「ああ」
俺はスプリガン、という変な名前の男を先導し、人ごみの中を歩き始めた。
打ち上げ花火まで何故か一緒に見た後、更に何故か俺たちはともに帰路についていた。
「随分酔っぱらってるな」
「そんなことないって」
すすめられるまま酒を飲んでいたら、足元が少々ふらつく。
だがこの程度ならまだ大丈夫。家に帰れる。
「それより……あんた、家は?」
「帰る前に、クマをお前の家に届けてやるよ」
「ああ、そうだった……いいよ、じゃあ。俺が持って帰る」
「大丈夫か?」
「ああ」
スプリガンは嫌そうな顔をした。
「どう見たって大丈夫には見えないな。……まあ、俺が送っていってやるから安心しろ」
「あんた俺の家知らないじゃん」
「そうだな、だからその辺りはお前の理性に頼る」
「だーかーらー、大丈夫だって!」
と言って歩いている内に、また尻を触られる。
「……あんたさ、何?」
「いや別に」
「別にじゃないだろ……そういやさ、射的の時も、あんた俺の尻叩いたろ」
「ああ」
「何、男のケツなんか触って楽しい?」
いや、と否定される。よかった。
そうこうしている内に、アパートの前に着いた。
「ありがと。俺ん家ここだから、もう大丈夫」
「階段上れんのか?」
「大丈夫だって」
クマを半ば強引に奪い、階段を上ろうとした瞬間、足が滑った。
「ッ!」
「……ほら見ろ、言わんこっちゃない」
スプリガンが支えてくれた。……だからケツを触るなよ、ケツをよー。
俺はとりあえずクマをスプリガンに押し付けた。
「部屋の前まで行ってやるから」
「……ありがとう」
こうなったら仕方ない、甘えるしかない。
俺は階段で3階まで上がり、扉の鍵を開けた。
「……よかったら、上がってく?」
迷惑を掛けたお詫びだ。
俺は静かにスプリガンに問う。
「いきなりどうした」
「いや、何かさ、結局俺はあんたに何もしてないし、あんたは俺の面倒見てくれるしで……申し訳ないからさ。大したもんないけど」
言いながら、俺はスプリガンを中に促す。拒否させる気はなかった。
今――冷蔵庫の中には、何があったろうか。
確か、高いビールがあったと思うのだが。
「あ、片づけてないから汚いけどな」
「そうか? 十分綺麗だろ」
「そうかな……」
俺は靴を脱ぎ、中へ案内する。
受け取ったクマはベッドの傍に置いておくことにした。
「あんた、ビール飲める?」
「酒を飲ませてくれるのか」
「ん、あんた酒好きそうだったし」
露店の間を歩いている時、スプリガンはアルコール類の前で止まることが多かった。
……結局飲んだのは、俺ばかりだったが。
「……ツマミが要るな」
俺はちゃぶ台の上にビールを出し、キッチンに向かう。
「お前、料理できるのか」
「そりゃあ、独り暮らしだしな。あんまり人様に喜んで食べさせられるようなモンじゃないけど、最低限のことは」
「彼女は?」
「……彼女が居たら、一人では祭りに行かないな」
もうここ暫く、彼女は居ない。
祭りの時期に、彼女が居たこともない。
「あ、包丁使うからケツ触んなよ」
「分かってるって」
苦笑が聞こえる。
さあ何を作ろうか、冷蔵庫には何があっただろう。
油揚げと長ネギを見つけたので、油揚げを細く切り、トースターで温め、ねぎと共に盛り付け、醤油で味付けをするという究極に適当なツマミを作った。
その間、スプリガンは特に何も言わなかった。
「ほら」
「……すごいな」
「そうか?」
俺みたいな奴が料理できると思わなかった、という意味でなら、ありがたく受け取っておこう。
どうやらまだ口も付けていなかったようだ。
「缶のままでいい?」
「ああ」
「じゃあ……えーと、何に乾杯する?」
クマが目に入った。
「……クマに乾杯」
「乾杯」
スチールがぶつかる音と、ビールで喉を潤す音。
いつもより高いビールということもあるのだろうが、何故か今日のビールは、殊更美味しく感じた。
「はー、でもまさか、こんなことになるなんて思わなかったな。……あ、帰る時間とか、ある?」
「いや、特には」
「そっか。まああんまりビールもないし、そんなにもてなせないんだけどな」
いつもは一人だったから。こうして人と飲むのも、たまには楽しかったりして。
割と色々なことを話した、スプリガンは俺の知っていることをあまり知らなかったが、俺の知らないことを色々と知っていた。
特に聞いたのは射的というか、銃の扱いについてだった。
初めて聞くようなことも多く、俺は夢中になった。子供の頃に戻ったみたいだ。
ただし、そのソースについては教えてくれなかった。
「……ガラにもなく、酔っちまったかな」
「あんたって、酔わない方なの」
「まあな、悪酔いはしない方だ。ただ、同僚っつーか、そんな感じの奴に、大酒呑みが居てな……」
「へぇ」
俺もそんなに弱くはないが、スプリガンの方が強いようだった。
この場合、この前に飲んでるっていうのもあるんだろうが。
「じゃ、ちょっと片づけるな」
ツマミの載っていた皿を手に立ち上がる。
軽く洗って戻ろうとして、いきなり抱き寄せられた。
「何――」
上を向かされ、口づけられて。
いきなり過ぎて抵抗もできなかった、が、押せども引けどもスプリガンはびくともしない。
酸欠になった時に漸く解放された。
「何で――何、いきなり――んっ」
「お前とこういうことがしたかったんだ。……ダメか?」
また尻を触られた。だがその触り方は今までと違って、つい声をあげてしまった。
何なんだ、一体どういうつもりなのだろう。
真意を測りかねて、何も答えられない。
「……物好きだな」
「自分をそう卑下することもないだろ」
「考えろよ、まず、男同士だぞ」
「それが?」
それが、って。
……それが、何でもないのだろうか。
「仕方ないだろ、好きになっちまったんだから」
「……意味が分からない」
「一目惚れって言葉くらい、知ってんだろ」
知ってますが。
「――あんた、ばかだな」
「何で」
「よりにもよって、俺みたいな奴を……」
「俺にはお前が特別に見えたんだから、まあ、そういうことで」
「ちょ――」
抱き上げられ、ベッドの上に下ろされた。まだ何も言ってないのに。
スプリガンは俺にのしかかりつつ笑う。
「俺、まだ何も言ってないのに」
「抵抗しないってことは、少なくとも嫌じゃないんだろ。まあ試しと思って」
「何が――」
「そういえば、まだ言ってなかったな」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、スプリガンの背後に、羽が見えた。
「――は?」
俺はただ呆気にとられた。
羽? マジック? それにしても何でいきなり。
訳が分からなくて思考が停止する。
「俺は、天使なんだ」
――何を言っているのか、本当に理解できなかった。
12-11/14
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無彩色症候群。夏天使で討伐デッキを組みたくなった→誰が一番攻撃力高いんだろう→図鑑コミュを見る→説明文に釘付けになる→ktkr
そんなわけでした。脳内では本番まで構成されていたんですが割愛しまs