昏い夜

 風が哭いている気がして、目が覚める。

「……まだ、夜か」

 砂漠の夜は寒いと思っていたが、案外そうでもない。皆もあの恰好だし……ヴァルキリーとジークフリートは比較的ましだが。
 意外とエジプト砂漠って、寒暖の差がないんだろうか。

「起きたのか?」
「ジークフリート! ……お前、まだ見張ってたのか」
「基本的に眠くならないからな。……皮肉なものだ」
「……そうだな」

 ジークフリートという英雄について歌われた、ニーベルンゲンの歌を思い出す。あの結末では、英雄は暗殺される。
 多分、そのことを指しているのだろう。今目の前に居る彼が、同様の人物かは知らないが。

「ちょっと散歩してくる」
「誰か起こすか?」
「いや、いい」
「……あまり離れると分かるからな、気を付けて」
「ありがとう」

 他の神さまは、皆見事に寝ていた。ナビィでさえも。
 俺は音を立てないように、そっとその場を離れた。
 少し歩いて、夜風に当たりたい気分だった。既に十分寒いが。

「……俺、このままで大丈夫なのかな」

 寝なければもたないのは分かっているが、そういう意味じゃなくて。
 俺はこのまま進み続けて、本当に記憶を取り戻せるのだろうか。
 今だって、立ち止まっているよりは良いという消去法によってこの方法を選んでいる。
 それに――取り戻しても、良い記憶だとは限らない。

「……どこまで行けるんだろう」

 見渡す限りの砂漠。砂、砂、砂。
 砂丘の上に上り、滑り降りた。どこまで行ったら、彼らは気づくんだろう。
 実はもう気づいていたりして、俺のことを、勝手に気遣っていたりして。

「っ!?」

 その時。
 影が閃き、俺は後ろに倒れた。

「な――っ」

 そこには、昼間歩き続けても全くエンカウントする気配がなかったセルケト。
 俺の身体の上を跨ぎ、鎌を振り上げている。

「ちょ、ちょっと待った!」

 勿論待ってくれる筈もなく、セルケトは音も声もなく、その鎌を振り下ろした。

「……?」

 しかし訪れる痛みはなく、走馬灯も過ぎ去りかけたが、何もなかった。
 俺は恐る恐る目を開ける。
 するとセルケトは倒れていた。額には大きな剣が刺さっている。

「……この剣は」

 少し歪で、大きな剣。これは、始まりの森で見たあの剣によく似ている。
 いや、似ているというか、そのものなのか。どうしてここに?
 森では目を離した隙に消え去っていたので、今度は持っていくことにした。

「助けてくれたのは……これで、2回目だな」

 セルケトの額から、剣を抜く。一撃で絶命させたようだった。
 剣はやはり軽く、手によく馴染む。
 まさかこの剣が、俺に関係しているのだろうか? 前は俺の持ち物だったとか?

「……何も思い出せないんだけどな……なあ」

 解放石を拾い上げる。これで最後だ。砂漠はこれで抜けられる。

「何でお前は、そんなに俺を助けてくれるんだ?」

 勿論剣から答えが返ってくる筈もなく。
 だが持っていけば何らかの答えが得られる気がして、俺はぎゅっと握りしめた。






「最後の解放石を見つけた!?」

 昨夜はさっさと皆の許に戻り、ジークフリートに何か尋ねられる前に寝た。
 剣について、多少訝しんでいたようだが。
 朝、解放石を見つけたことを告げると、案の定驚かれた。

「あの時に見つけたのか?」
「そういうこと。狡い奴だよな、仕留められそうな奴が1人でうろついてる時に限って姿を現すんだぜ」
「レイシさん、1人で何してたんですか?」
「何って……夜の散歩」

 ナビィが残りの解放石を渡してくる。

「私のあげた物、役に立ちましたか?」
「あ……すっかり忘れてた」
「えー」

 どうやらトトを怒らせてしまった。
 大体一気にピンチな状況に陥ったから、どうしようとかいう考えも沸いてこなかったのだが……。

「それじゃ、解放するぞ」

 例により発熱、発光し、光が収まると、目の前には犬の耳を持った神さまが現れた。

「……あんたが、アヌビス?」
「そうよ。大体のことは解放石の中で聞いていたわ。レイシ、助けてくれてありがとう」
「いや、俺は何もしてないし。礼ならこいつらに言ってくれ」

 実際俺は、エンカウントしたり、解放しただけだし。1つだけ自力で集めたけど。
 けれど、殆どは彼ら神さまの手柄である。さすが神さま。

「アヌビスも、勿論協力してくれるよな?」
「勿論よ。行きましょうか?」
「そうだな。砂はもう飽きたし、さっさと進もうぜ」
「次は日本神社ですね」
「日本? また飛んだな……」

 そういえば、と俺は思い出し、トトの方を振り返る。

「何か?」
「トトさ、そのパピルスに色んなことを記録してるんだろ。俺のこと何か書いてない?」
「さあ……生憎、私も封印されていた時のことはよく分からないので。レイシさんとは今回が初対面の筈ですし」
「そうだよなあ……」

 だったらそもそも、もっと語ってくれてるような気がする。

「それよりもその剣、どうしたんですか? 昨日は持ってなかったですよね?」
「ああ、これ……これさ、俺をセルケトから助けてくれたんだ。昨日、俺セルケトに襲われて、もうダメだって思ったんだよな。死者の書も出す暇なかったし。そしたら、この剣がどこからか来て、セルケトを倒してくれた」

 我ながら下手な説明だが、そうとしか言いようがない。だってそうだったのだ。
 トトは変な顔をした。

「その剣、どこかで見たことがあるんですが……誰か、神さまが持っていたような……」
「神さまが?」
「ですが思い出せません。きっとこの先、解放される神さまの物なんだと思いますが」
「これが……」

 神具だって。しかも封印されている神さまの。
 封印されている神さまが、俺を助けてくれたのか? 一体どうやって?
 俺は困惑する。だがトトが言うならそうだろう。俺もトトを信頼し始めている。

「でもレイシさんを助けてくれたのなら、その剣の持ち主は、きっとレイシさんと関係あるんでしょうね」
「そうだろうな……こうなったら、ますます進むしかないな」
「はい」

 よし、行こう、日本神社へ。もしかしたらそこに居るのかもしれない。
 俺はナビィの後に着いていった。

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