白い剃刀少女

 モリガンと呼ばれた少女は、まず俺を越えてクーフーリンを見た。

「……!」

 途端に少女は真っ赤になる。……何だというのだろうか。

「……っ」
「えっ、あっ、ちょ」

 俺が何を言う暇もなく、モリガンはどこかに走り出していった。……あーあー。
 というか誰も何もしていないのに、彼女は何故逃げ出していったのだろうか。

「……あ、しまった、守護神契約してない」
「そうなると、もうモリガンを見つけるのは難しいな」
「まあいつか見つかるんじゃねー?」

 後ろでクーフーリンが言った。

「……クーフーリンって、モリガン苦手なのか?」
「苦手っていうか……何考えてるか分からないからな」
「確かに」

 男には分からないものなのかもしれない、女にだったら、もしかしたら分かるのかも。

「あと1人か?」
「もうこの辺りには居なさそうだから、移動してほしくてな」
「分かった。モリガン捜すついでに行こうか」
「クーフーリンさまも協力していただけますか? 実はこういう事情で……」

 ナビィがかくかくしかじか説明している。

「ああ、勿論! 俺でよければっ」
「……あの、私も……」
「うわっ、どっから……」

 突然モリガンに話しかけられ、驚く。

「私も、連れていってもらえる……?」
「え、いいのか? さっきダッシュで逃げてったのに」
「……気が変わったの……」

 モリガンの持っている剃刀(誤)が日差しを受けてきらめく。
 人形とか持って、すごく可愛らしい感じなのに……本当、女ってのは分からん。

「よろしく、モリガン」
「ちなみにモリガンは破壊の神ですよ」
「トト、俺の心の声聞こえた?」
「だだ漏れでした」

 隠しきれなかった本音。

「なあ、レイシ」
「ん」

 歩きながら、クーフーリンに話しかけられる。

「また、レイシが元気な時に手合せしてくれよ。俺、お前のこと気に入ったっ」
「え」
「じゃあ俺も解放石探してくるな!」

 クーフーリンは、ほぼ言い逃げ状態でいなくなる。……何だよいきなり。
 大体あいつは俺をぶちのめしただけだろうが……と思っていると。

「……あなた、クーフーリンに気に入られたの?」
「……え?」

 背後から突然、地の底から這い出てくるような低い声。

「私……私だって……」
「お、おいどうした、モリガン、落ち着けって……」
「……許さない」

 モリガンは剃刀(誤)を閃かせ、一足飛びにこちらへ向かってきた。
 人形が汚れたりしないのだろうかと思ったが、俺に相手を慮る余裕はないのだと思い直す。
 背中の剣を構えた――これ、もう昨日から3回目だぞ……。

「ぐっ!」

 重い一撃を受け止める、剣が軋む。
 モリガンは可愛い……可愛い、が、その形相が怖い、鬼か修羅のようだ。本当に神さまか……?
 何かそんなに怒らせるようなことをしただろうか、と考えるが何も思い当たらない。
 鍔迫り合いで、負ける。

「……っ!」

 おい殺すのか、俺を殺すのか、と思った瞬間、

「――え、」

 剣が、折れた。

「な――」

 と言っている内にもう一度剃刀を振り上げられ、今度こそ死ぬのか、と思った。

「――何してるんだよ!」
「!!」

 剃刀が俺の喉に突き刺さる手前、響き渡る怒号。
 さすがのモリガンも動きを止めた。

「クーフーリン……」
「何やってるんだよ、モリガン。お前もレイシの守護神になったんだろ? 俺たちはそいつを守るんだろ?」
「だって――」
「! レイシ、それ……」

 モリガンは可哀想なくらい、唇を噛みしめている。――ああ、そうか。
 彼女は、多分。

「折れてる……モリガン、」
「違うって、モリガンは悪くないんだ。ただ……俺が」

 気づいてしまった。そうか、そういうことだったのか。
 目尻に涙が溜まっているのを見られまいとするモリガンの前に、俺は立つ。

「俺がからかったんだ。怒らせた俺が悪かった。……ごめんな? モリガン。もうしないから」
「……ッ」

 モリガンは何も言わずに飛び去っていく。それも当たり前の筈だろう。
 俺もショックを隠せなかった、まさか、少女に負けるなんて。
 まさか、少女の剃刀に、剣が負けるなんて。

「……クーフーリン、モリガンを怒らないでやってくれよ。何も悪くないから」

 俺は、折れた剣を拾い上げながら言った。

「それにしても……派手にやってくれたな」
「レイシさん! 探しましたよ――って、それ!」
「皆」

 神さまがわらわらと周りに集まってきた。……本当、どれだけ居るのだろうか。
 既にこれだけ仲間にしているのに、俺の捜し人が居ないというのも、何だか笑える話だが。

「どうしたんですか!」
「どうしたって……いや、大したことじゃないんだ」
「大したことだろう、これは、お前の記憶に繋がる大切な――」
「いいんだ、ヴァルキリー」

 モリガンの気持ちに気づいてしまった、今となっては。

「もしかしたら俺の視界から消えた時、また直って戻ってくるかもしれないしな。それより解放石は?」
「あ、はい、ここに……」
「次こそ、俺の捜し人だといいな」
「……スカサハ師匠が?」
「え?」

 今まで黙っていたクーフーリンが、不意に言う。

「レイシ、スカサハ師匠を捜してたのか?」
「いや、捜してたかどうかは会ってみなきゃ分かんないけど……まあ、会っても分かんないかもしんないけど」

 俺はナビィから解放石を受け取った、解放して、意識を失いかける。
 当然ながら誰も支えてくれる人はいなくて、草の上に倒れて皆に声を掛けられる。
 あー……やばいな。今日、解放しすぎ。

「ごめ、」

 最後まで声にならなかったかもしれない。
 解放しすぎと、多分手合せをしたせいで体力を削られていたのだろう、俺はそのまま意識を失った。








剃刀と連呼しすぎな気がする…

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