穏やかな語らい 暖かい。ここはどこだろう。 だが、目を開けるのは億劫だ。記憶を辿ってみよう。 俺は確か、始まりの森で目覚めて――いや、それは戻りすぎだ。 俺は、そうだ、雪の森で―― 「……?」 「目覚めたか」 声は、男だった。 「……誰……?」 「まさか、また記憶を失ったとは言わせないからな」 首は、動かす気にもなれなかった。男の顔は視界に映らない。 何だか首が痛む。首だけではなく、全身だが。 「俺、動けないから……こっちに」 「……神を使うとはいい度胸だな」 「……ジークフリート」 視界に映った人物は、記憶にあった。そうだ、ジークフリート。 「大丈夫か?」 「大丈夫って……何が」 「お前は、フェンリルに襲われていた」 「フェンリル?」 ちょっとだけ記憶が戻る。 「ああ、あの狼か……どうなった?」 「倒して、解放石を3つ一気に貰った。あの喉の傷、致命傷だったな……お前がやったのか?」 「……いや」 その剣の傷だろう、とジークフリートが指した先には、俺を何度も救ってくれた剣があった。……名前、付けてやった方がいいだろうか。 それにしても、まだ消えてなかったのか。 「ヒビが入っていた」 「ヒビ? ……何に?」 「その剣」 「……!」 驚きすぎて、全身の傷が痛んだ。傷というよりは、打撲の痛みだったが。 「そ、そんな……何だ、いつだ?」 「フェンリルの牙じゃないか? 俺が見た時、お前はその剣でフェンリルの牙を防いで吹っ飛ばされる瞬間だったから」 「うっ……」 もう少し早く出会っていればよかったのに。 「ヒビって入るもんなのか、神具なんだろ……?」 「まだ神具だと決まったわけではないだろう。それに、神具だったとして、与えた神が遠ければそれだけ脆くもなる」 「……まだ、遠いのか……」 なんか、ジークフリートの言葉が一々俺を落胆させる。いや彼のせいではなく、事実を言っているだけなのだが。 「俺もこんな事態に陥ったのは初めてだから正確なことは言えないが……もし封印されているのだとしたら、それも関係しているのかもしれないな」 そう言って、ジークフリートはこちらに手を差し出した。 「?」 「茶でも飲んだ方がいいんじゃないか? 暫く眠っていたし」 「あ、でも……」 不意に、俺の纏うバリアは神さまにとって有害だということを思い出す。 「ありがとう……暫くって、どのくらい」 それより、他の神は? 俺はジークフリートの申し出を言外に断り、起き上がる。 身体のあちこちが悲鳴を上げる。 「正確には分からないが、まあ半日ほどは眠っていたな。多分遠くまでは行っていない筈だ、お前の許に現れないということは。大方解放石に夢中なんだろう……」 「成る程」 半日って……。もう夜なのか。 俺は茶を受け取る。 「雪の森の夜は、そんなに寒くないんだな」 「このテントに、最低限の防寒を施しておいた。俺は平気だが、雪に埋まっていたお前にはさすがに寒いだろうと思って」 「ありがとう」 そうか、そうだよな……確かにどう見たって夏のキャンプ用のテントだし、寒くない筈がないよな……。 太陽が真上にある筈の時間だったのに、あんなに寒かったんだもんな。 「神って、何でも出来るんだな……」 「全てではない。俺たちは不完全だ。魔神に封印され、こうして人間の手を借りなければ世界を取り戻すこともできないのだから」 ……確か前に、ヴァルキリーも似たようなことを言っていた気がする。 申し訳ないとか、そんなようなこと。 俺なんかに礼を言うなんて。俺の方だって、協力してもらっているというのに。 「……お互い様だよ」 俺は暖かな茶の器を手で包みながら、ぽつりと呟いた。 「俺だって――記憶にはないけど、神さまに祈りを捧げて生きてきたんだと思う。神さまは多分、嫌な顔一つしないで、人間を助けてくれる。だったらたまに、人間が神さまを助けたっていいじゃないか」 驕りだとも思うけれど、まあ、そんなもんだ。 俺は茶を一気に飲み干し、器を返した。 「……お茶、ありがとう。ジークフリート」 「あぁ。寝るといい、多分まだ来ないだろうから」 「ああ、そうさせてもらう……」 ゆっくりと身体をまた元の場所に戻し、毛布を首元まで引き上げ、目を閉じる。 そうか、心地よい――俺はもしかしたら、こうして眠っていたのかもしれない。 突然、徐々に取り戻し始めた懐かしい感覚に辟易しながらも、俺はまた眠りに落ちていった。 戻る |