悪い夢 「レイシさん、起きてください、朝ですよ」 「ん……」 誰かの声がする。 だが、不快だ。俺はもっと寝たい。 「レイシさんってば……」 徐々に呆れたような声に変わる、とその時は認識していたが、多分俺は一瞬ののちに忘れていた。 眠い、まだ寝させてくれ。 「レイシ、おはよーっ!」 「ぐえっ!?」 「ほらほら今日はインド魔宮行くんでしょー?」 と思った矢先、双子が突進してきた。 「げほっ、お、お前ら、何すん……っ」 「あれ、レイシまだ寝てたの?」 「ちょっとしっかりしてよー」 「げほ、げほっ」 眠っていて無防備だったところにいきなり腹に突っ込まれた、うぅ、苦しい……。 「ありがとうございます、アポロンさま、アルテミスさま。レイシさん、珍しくなかなか起きなくて……」 「疲れてるのか? 平気か、レイシ」 「ありがとな、ヴァルキリー……とりあえず、さっきのが一番ダメージ食らった」 日本神社であてがわれたのは部屋だった、とりあえず野宿ではないことに歓喜した。 神は寝床は要らないとかジークフリートが言っていたので、俺は有難く一番上等と思われる部屋を拝借したのだが……本当によかったのだろうか。 「久々に、こんなベッドで眠ったからかな……」 「久々って?」 「レイシ、前もこんなふかふかのベッドで寝てたの?」 「あー……多分、言葉のあやだわ」 ベッドの記憶は薄い。というか全くない。俺は記憶を失う前も、ベッドで寝ていたのだろうか。 でもこれだけ眠れたということは――少なくとも、野宿はしていなかったということなのだろう。 割と悪い夢を見た気もするのだが。 「悪かったな、待たせて。身支度するから部屋の外で待っててくれ」 「はい」 「ここ居心地悪いし……」 「は?」 アルテミスが去り際放った言葉が心に残る。居心地が悪い? さっきまでふかふかのベッドとか喜んでいたのに、直後なぜ矛盾するのか。 謎だった。水を汲み、軽く顔を洗って、用意された新たな服に着替えた。 「なあ、アルテミス、さっきの」 「何?」 「居心地悪いってどういう意味だ」 部屋を出て問うと、アルテミスは変な顔をする。 「寝てるレイシの部屋入ろうとしたら、違和感を感じたっていうか……ねえ?」 「なんか入ってほしくなさそうな雰囲気だった」 「……どういう意味だよ、それ」 「レイシさんを守っているバリアに似たものを感じたということです」 「トト」 だったらそれは、やはり同一人物か。 ……何なんだろう。守ろうとしてくれているのか、それとも? 「でも、結局入ってこれたんだろ?」 「大分つらかったけど無理矢理入った」 「おい」 誰なんだろうか。不安でたまらない。 早くその人物に会って問いただしたい。 お前は何者で、俺は誰なのかと。 「次はインド魔宮に向かいます」 「3人だろ? すぐ解放するから、皆も手伝ってくれ」 「どうした、いきなり」 「早く会いたいんだよ、俺にこんなことをしてる奴に」 大分寝て疲れはとれたようだから、一気に3人解放しても問題ないだろう。どちらかといえば問題は、俺の捜し人がインド魔宮にいるかどうかだ。 インドか、象とかいるのかな、と思いつつ俺たちは歩みを進めた。 悪い夢の内容は、詳しくは覚えていない。 『誰かと俺が一緒に居て、それで――』 とても暗い場所だった。 その場所は、始まりの森で目覚めてからの俺の記憶には無かった。 だから、もしかすると、俺の記憶の手がかりになるのかもしれない。 『俺たちはそこに、ずっと一緒に居た』 一緒に居たのが誰なのかまでは分からなかった、だが、自分はその人のことをとても大切に思っていた。 それは分かる。誰だか分からないのに、無性に温かさがこみ上げてきたからだ。 『そして俺たちは、ずっと一緒に居た』 ――それがどうして、悪い夢なのだろう? 戻る |