目星 |
『レイシ』。 その名をテレビの向こうに見た時、静雄は本当に驚いた。 よくある名前ではない。むしろ今時珍しい方だ。 だからその名前は、きっと彼のものだろうと思った。 「へー、テレビ」 案の定、奴は普通の返事を返した。 テレビなど見ていないだろうが、興味のなさそうな返事だ。 静雄は自分が滑稽に思えてきたがそのまま続ける。 「何でその名前を」 「なになに、『レイシ』って静雄の初恋の人の名前?」 「……答えろ」 「はは、ごめんなさい」 あまり悪びれていない様子で彼は笑う。 「――クライアントに指示されたんだよ。俺、痕跡残すの好きじゃないんだよね」 それは、静雄は既に知っている事実だった。 だから彼は『ハッカー』などという職業をしているのだ。 「――クライアントって、誰だよ」 「流石にそれは言えないよ。――でも、静雄も知ってる人じゃないの?」 同じ人を知っているから。 その時点で静雄はある人にたどり着く。 「あっ、あのさぁ、当然だけど」 「分かってる。……お前から聞いた事を言うな、だろ?」 「そうそう」 彼はにっこりと笑った。 友人としてもう何年も一緒に居るが彼は未だに掴みきれない。 客人を通すこのリビングは片付いているが、自室はどうなのか静雄は知らない。 「……帰る?」 「あぁ」 静雄が目星をつけた人物の所へは、まだ行かない。――ただの気の迷いのせいかもしれないからだ。 もしこれからもその名を騙り、大企業を潰してゆく気なら、こちらにも考えがあると。 「――仕事は結構入ってんのか?」 「ちょっとずつね。でも余裕」 これからも予定している、という事なのかもしれない。――注意しなければ。 名前だけを残し機密データをさらう。しかも犠牲になったのは国内のシェアのかなりを占める大企業だ。 放っておくわけにはいかない。――それが自分の知り合いならば、尚更。 「念のため聞いとくが、手前、やめる気は――」 「ないね」 どんな事があろうと、俺は一度請けたクライアントの依頼には従うつもりだよ。 さらりと言い切る彼が、今は憎い。 「――邪魔したな」 静雄はそれだけを言い置くと立ち上がった。玄関に向かう足音の後を、軽い音が着いてくる。 「そうだ、」 「ん?」 ドアノブに手をかけて、静雄は振り返った。 「――手前、ちゃんと食うんだぞ」 彼が我に返ったのは、鉄製の扉が完璧に閉まった後で。 ――うん、と微笑を湛え小さく呟いた。 10-10/14 (――まぁ、そうなんだよな) (俺がどうこうできる問題じゃねぇし) 前頁│次頁 |