→死にたがりはどうなった? |
「やぁシズちゃん」 「……手前……」 ある日の池袋、折原臨也と平和島静雄は街中で出会う。 「零!」 「澪」 その傍らに居た、よく似た彼らは喜ぶ。 さながら犬と猿のような、臨也と静雄とは大違いだ。 「池袋に来て本当によかった!」 「だろ? ……あ〜あ、澪も一緒に住めればよかったのになぁ」 「静雄が嫌がるしね」 くすりと笑って、2人は静雄を見る。 「でもさぁ、静雄と臨也が仲良くても、嫌かも」 「……それは」 箸が転げても何とやら、か。何があっても笑い続ける2人。 傍らで臨也と静雄が、口喧嘩以上の事を始めても。 けらけらと笑い続ける様子はそれでも、臨也と静雄を安心させた。 「……何で手前まで此処に来たんだよ」 「別に良いじゃん。シズちゃんだけの池袋じゃないんだし」 「そういう問題じゃ……っ」 「はいはい」 俺が、澪士を1人で池袋に住まわせるのは心配でさ。 新宿から出ないわけにはいかないでしょと言う臨也に、静雄は神妙な表情で頷いた。 「……あんな話、聞いたらな」 「うん」 静雄は吸っていた煙草を踏んで消すと、その時の事を思い出そうと目を閉じた。 「俺達、実験の被験者になっちゃったの」 「被験者……?」 なんの、と臨也は眉をひそめる。 隣では、まだ澪士が寝ている。できれば刺激の強い話は避けたい。 「『双子実験』」 身も蓋も無いその実験の内容は、あの日臨也と澪士が再会した日に新羅の家で語られた。 「俺達、離れると強い頭痛が起きるようになってる。……一緒に実験を受けたのは、他に3組くらい居たかな、皆死んじゃったみたいだけど」 静雄は黙っている。……この先の展開を知っているのだ。 それは零が酔う度に、聞かされた話だから。 「何が目的かなんて分からない。ただ頭を開かれて、何かを埋められた。気が付いたら俺達は、また元の生活に戻っていた」 「……親御さんは、」 「知ってたら、普通止めるでしょう」 それは、ただ単に知らなかったというだけか、あるいは。 静雄はそこまで聞いた事はない。 聞けばきっと、酔った零は教えてくれるのだろうが……。 「暫くは何事もなかったんだよ。……暫くはね」 零はふいと視線を逸らす。 「俺達はね、離れざるを得なくなった」 財政、虐待、考え得る全ては『事情』とまとめられた。 一体それまでどうやって生きてきたのか静雄は知らない。 「離れ離れになって、澪がどうやって生きてきたのか、俺は知らない」 でも俺はたまたま手先が器用だから、ネットに関わる仕事を始めたんだよね。 それがまた大当たりでさ、と零はけらけらと笑う。 「それから数年後なんだよね……静雄と出会ったの」 「……あぁ」 彼らが出会ったのは、静雄がちょうど高校生の時だった。 零が依頼主に裏切られ、罠にハメられたところを静雄が助けたのが始まり。 ――あの時、零に惹かれなかったところがないとは言い切れない。 善意だけで助ける程、静雄も人間ができてはいないという事だ。 「あの時さぁ、静雄が来てくれて本当に助かったよ。頭痛が起き始めたの、ちょうどあの頃でさぁ……本当だったらあんな奴ら、楽勝だったのにね」 臨也の表情にさっと影がはしる。 「――で。その時から俺と静雄は仲良くなった。勿論名前として『折原臨也』は知ってたけど、俺達会った事なかったもんね」 「……うん」 で、と零は首を傾げる。 「俺が話せるのはこれくらいなんだけど。澪がどんな風に臨也さんと会ったのかとかは、知らないし」 「……あぁ」 臨也は暫く、そのまま黙っていた。 言いづらい事だったのか、それともそういう事ではなかったのか、静雄には知る由もない。 「……俺達は、実は、新羅を通じて出会ったんだよね」 零が眉をひそめる。 「ほら、あの子、一応医者じゃん。……免許は持ってないらしいけど」 「新羅に習ったって事か?」 「そういう事じゃない?」 深くは知らない、とでも言うように。 「ある日新羅の家に行ったら、研修とか言われて怪我を澪士に治させたわけ。酷いよね、人を実験体にするとか」 「はは、本当だよね」 渇いた声で零は笑うが、彼の場合は笑えない。 「……で、それが始まりって事?」 「まぁ、そうなるかな」 真剣に俺の傷を見る澪士が気になって仕方なくて、と。 ……こいつも大概Mなのだろうか、と静雄は思う。 「新羅にとっても、澪士にとっても……此処に連れてきたのはいい事だったんじゃないかな、と思うよ」 今は自己満足に過ぎないけれど、と臨也は自嘲気味に付け足した。 「静雄、仕事は?」 「……あ」 零は静雄の顔を覗き込む。随分真剣に何を考えていたのだろうと。 先程起きてきた澪士は元気そうで、臨也の隣に収まっていた。 「こんな事やってる場合じゃなかった。じゃあね澪、臨也さん」 「うん、またね、零、静雄」 「今度遊びに来なよ。……今度はシズちゃん置いて」 「――手前、」 「はは、考えとく」 零は笑いながら離れていく。 ごく自然に静雄の手を取りながら。 ――それをじっと見つめる澪士。それに気付く臨也。 「……なに、澪士、手繋ぎたいの?」 「いや、2人とも幸せそうでよかったなぁって」 実のところ、零と静雄が付き合っているみたいな話は2人とも聞いた事がなかった。 それでも、あの事件の終結を機に、同棲を始めたみたいだし……。 いつの間にか、それ以上の関係を築いているのかもしれなかった。 「……俺達も帰るか、臨也」 「そうだね」 指を絡める。肩と肩が触れ合って。 臨也の右手には大きな袋。それはいつかと同じようで。 自分は確かに此処で生きているんだと、臨也は実感していた。 10-11/23 一度歪んだ歯車は、もう元には戻らない それでも僕らは生き続ける ……愛する人が、居る限りは 前頁│次頁 |