真夜中のゲーム



「ふぅん、肢曲、ね……」

 すごいねキルアが何人にも見えるよと言う隣のゴンに、俺は曖昧に頷く。
 俺は、基本的に身体を動かすのが嫌いだから、肢曲を習得することはなかったが、原理くらいなら教えてもらっている。

「でもあれじゃあ、球を取るのは難しいかなー? ねぇ、ゴン」
「ん?」
「ゴンは、勝算があってこのゲームしてるの?」
「……いや」

 ゴンは、あーちゃんと会長のゲームを見ながら答える。

「あの人、強いなって思うよ。でも、やってみなきゃ分からないじゃん?」
「……ふーん」

 その挑戦しようという気持ちは高く買う。
 ……しかし、自分と相手の強さの距離が掴めないのは、ハンターとして致命的だ。
 あーちゃんもなぁ……間違って、殺したりしなきゃいいけど。会長もそう簡単に殺られるような人ではないと思っているけど。
 そう思っている内に、あーちゃんは鋭い蹴りを繰り出した。

「!」
「痛っ……モロ軸足……!」

 ベキャ、と何とも言えない音が聞こえる。普段の俺だったら、即刻目を逸らしているところだ。
 しかし、今回は会長の足が砕ける筈など無いと分かっていたので、目を逸らさずに済む。

「いってぇ!」
「あーちゃん、大丈夫?」
「鉄みたいだぜ、あのジーサンの足……」

 モロにヒットした脛を押さえ、跳ねながら戻ってくるあーちゃんを迎える。可哀相に。超痛そう。

「よーし、次はオレだ!」

 ゴンとあーちゃんはタッチし、次はゴンが勢いよく走っていく。
 なかなかいいダッシュ力――涙目のあーちゃんの頭を撫でながら見ていると、ゴンは凄い跳躍力を見せた。

「たっ!」

 しかし……跳びすぎて、天井に頭を打っている。ちょっと、ゴン。

「ジャンプ力がすげーのはわかったから、ちゃんと加減してとべよ、ゴン!」
「折角、会長油断してたのに……」
「ううー、失敗失敗」

 油断全開だった。勿体ない――俺の予想に反して、取れてしまうかもと思っていたのに。
 もうこれじゃあ取れないかもねと俺はあーちゃんにもたれた。

「悪ぃ……カナ、離れてくれるか?」
「ん?」
「俺も行くわ」

 俺を引きはがし、あーちゃんは立ち上がる。足がこんな短時間で治ったとは思えないのだけれど……まぁ、苛々してるみたいだし、放っておくか。
 俺も立ち上がる。

「カナちゃんもやるの?」
「俺はいいよ。飛行船、探検するから」
「そう」

 じゃあまたね、と手を振るゴンに振り返した。
 午後11時か、眠たいな――
 欠伸を噛み殺し、俺は部屋を後にした。






 それから約2時間後――
 俺はひたすら飛行船の中を練り歩いていただけなのに、寝ていた男たちの恨みを買ったらしく、壁際に追い詰められていた。

「あ、あの……」
「なぁ、嬢ちゃんは何歳だ?」
「おい、ハンター試験を受けてるんだから、俺らが何したって構わねーだろ?」
「ぎゃはは、それもそうか」

 相手は2人、ナンバーは390と391。
 1人が俺の正面にいて、もう1人は少し後ろの方。どちらにしろ、俺に逃げ場は用意されていなかった。
 俺は自分の不運さを呪い、少し涙目になる。

「んー? 何だ、泣いてんのか?」
「ち、ちが……」
「名前は何て言うんだ? ん?」

 怖い。触れられるのが。その下品な笑い声が。
 直視できずに視線を逸らすと、顎に手を添えられ、上を向かされた。

「あ、こいつ、本当に泣いてやがる」
「可愛いなぁ、なあ、名前なんていうの?」
「……カナ、」
「カナちゃん? 可愛い名前だな」

 男の顔が近付いてきて、本気で背筋が凍ったので思わず突き飛ばそうとする。
 しかしその瞬間、もう1人いた男に両手をまとめあげられ、頭上で固定される。

「つっ……」
「抵抗したらどうなるかぐらい分かんだろ? カナちゃん」
「嫌……分かんない……」
「じゃあ身体に教えてやるよ」
「!」

 いや、と叫びかけると、口を手で塞がれる。
 素肌を撫でる手。突然太股の内側に触れられ、嫌でも熱が集まる。
 下卑た笑い声に絶望を覚えた。

「ぅ……あ、」
「おい、お前も触れよ。押さえてるばっかじゃつまんねーだろ?」
「じゃあ俺は、上を頂くかな」
「!」
「床に寝かせるか?」
「……そうするか」

 男たちは俺を床に寝かせ、1人は俺の足を割る。必死に抵抗したが無駄で、条件反射、撫でられるだけで声が出てしまった。
 もう1人は俺の腕を纏めたまま、胸の方に手を伸ばしてきた。

「い、や……!」

 まずい、そんな触られたら男だってバレる。下でもいずれバレるけど。
 男だとバレたら更にまずい事になるかもしれないと、懸命に身体を捩ると、廊下の角を曲がってくるあーちゃんが目に入った。

「あーちゃん……!」
「……あんたら、何やってんの?」
「あ?」

 俺の必死の視線に気づいてくれたのか、あーちゃんはゆっくりと近付いてくる。
 1人は離れ、1人は俺の腕を纏め上げたままで。
 せめて、めくり上げられた分だけは何とかしようと足をばたつかせるが、余計めくれただけだった。失敗。

「おいボウズ、俺たちのやってることに口出しすんじゃねぇよ」
「ガキは交ぜてやんねーぜ? これは大人の遊びだからなぁ!」

 ガキは寝てな、という台詞が不自然に途切れる。男の顔が半分に割れる。
 俺の手を押さえていた男の方を見上げると、頭から顎までが半分に切り裂かれ――いや、身体も、いくつかのパーツに引き裂かれていた。

「ひ……!」

 声にならない声。降ってくる頭、動けずにただ硬直して見上げていると、腰に手を回され、引き寄せられたのを感じた。

「……これは、お前の見るモンじゃない」
「キ、キル……」
「……悪かった」

 いや、キルアは助けてくれた、と言おうとした。しかしそれは声にならなかった。
 嗚咽が漏れる。男たちにされたこと、されそうになったこと、そして彼らの末路を思うと。
 いつも、それらは全て、俺の側に平然として在ったが、俺はそれらを直視したことがなかった。
 ……犯されかけたことなら、あったけれども。

「キルア……怖かった……!」

 抱き寄せてくれたキルアの裸の肩に顔を埋め、俺は泣く。
 キルアの手が優しく俺の頭を撫でてくれた。

「ごめん……俺の、せいで……」
「……何が?」
「キルア、殺しちゃったんだね……俺が呼ばなければ……あそこに居なければ……キルアは、殺すこと、なかったのに……」
「……そんな、こと」

 先程までのキルアは殺気立っていた。触れる者全てを殺してしまいそうな程に。
 コントロールし難い殺意なら、ヒソカで慣れている。近くに居れば判るものだ。
 コントロールされた殺意なら、同じくイルミで慣れているが。

「……俺んち、暗殺稼業だから」
「……キルア?」
「殺すのは、慣れてる」

 血の臭いがする。
 頭を傾けると、存外キルアの顔が近くにあって、内心驚いた。

「……カナは、俺が怖い?」
「……いや」
「よかった」

 俺は、もっと怖い人を知っている。

「俺は今まで、こんな事ができるなんて嫌だと思ってた。このせいで、殺し屋にならされるんだと思ってた。……でも」

 俺の頭を撫でていたキルアの手が、俺の目尻を撫で涙を拭っていく。
 キルアの口元には、本当に僅かだが笑みが湛えられていた。

「カナを守れて……よかった」

 その瞬間、ぞくりと肌が粟立つ。

「……何をしてるのかな? 2人とも◆」
「ひーちゃん!」

 俺はばっとあーちゃんから距離を取る。
 ひーちゃんの隣まで、一気に跳んだ。

「違う、俺とあーちゃんは何もないの!」
「……その割に、服が乱れてるけど◆」
「こ、これは……」

 慌てて直す。しかし見られたものは仕方がない。
 直視しないように気をつけながら、床の死体を指す。

「俺……危ないところを、あーちゃんに助けてもらったの。あーちゃんが通り掛からなかったら、今頃……」

 想像して、寒気がした。もはや想像するべきではなかった。
 しかしひーちゃんに、死体について指すのは、逆効果というか全く意味を成さないだろう。ひーちゃんのことだから、俺が心配でとかそんな紳士的な理由で来たわけじゃない。
 血の臭いがしたから、駆け付けてきただけなのだろう。その先に居たのが、俺とあーちゃんだったというだけだ。

「……だから、あーちゃんは何も関係ないの。分かったらその殺気やめて。行くよ、ひーちゃん。あーちゃん、ありがとう」

 また会えるといいね、どうか戦うことになりませんように。
 言って、手を振る。ひーちゃんの手を引きながら。
 ……嗚呼、ひーちゃんの殺気に、あーちゃんが中てられてないといいな。折角収まっていたのに、また目覚めさせたのは俺が原因だったなんて、しのびない。
 俺はまた想像して怖くなって、ひーちゃんの手を強く握った。


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