ふらいんぐ丸焼き



「カナちゃん、起きて◆二次試験、もう始まってるよ◆」
「……え? 何?」

 二次試験、と再度ひーちゃんの声が聞こえ、俺の頭は漸く覚醒した。
 ――もう始まってるとか、そんな馬鹿な!

「な、何で起こしてくれなかったの、ひーちゃん……ていうか何、二次試験って料理?」
「もう10回は起こしたよ◆二次試験、まずはブタの丸焼きだって◆」
「……ぶた?」

 俺は唖然としてひーちゃんを見上げる。
 ひーちゃんの笑顔は眩しいくらいに輝いていた。

「そう、ブタ◆」
「な、何でぶたさんを、俺が調理……」
「カナちゃんがそう言うだろうと思ってね◆俺が代わりに調理しといたよ◆」
「え、ほんと!? さっすがひーちゃん!」

 大声で褒めちぎると、ひーちゃんはとっても嬉しそうな顔をした。……あれ、これどこまでが本気か分からないんですけど。
 俺は立ち上がる。調理が終わっているなら、もう俺のやることはない。

「あとはカナちゃんが、自分で試験官に出しに行くだけだよ◆」
「あ、やっぱりねぇ……やっぱりそれは、俺の仕事か」
「それくらい自分でやってもらわないと◆」

 言いながら、ひーちゃんはぶたさんを刻んでいた。……え、何あれ怖い、あの人一体何やってるの。

「じゃあ出してくる!」
「行ってらっしゃい◆」

 そして、意気揚々とぶたさんの丸焼きが載った皿を掲げ、試験官の前に運んでいた、その時だった。

「……ッ!?」

 誰かの足に躓いた。さっきまでなかったのに。
 大きな皿で足元が見えないと思ったのだろう。誰かが足を出したのだ。
 事故ではない。その掛け方がプロっていて、故意だと分かった。

「……あ、」

 俺は空を見上げ、キレイに焼かれたぶたさんがスローモーションで飛んでいくのを見ていた。
 あぁ、あのぶたさんは、どうなるのだろう……折角ひーちゃんが焼いてくれたのに。
 そんなことを悠長に考えていると、突然、試験官が――

 試験官が、跳んだ。

「えっ……ええぇぇぇぇええ!?」
「すごいじゃない……ブハラ、やるわね」
「ご馳走様! 45番合格!」
「え? あ……」

 可愛い女の子ね、大丈夫? とナイスバディなお姉さんに言われ、俺は内心辟易する。……姉さん、俺は男です。
 しかし訂正するのも面倒だししたらしたでひーちゃんのかなりアブナイ性癖がバレてしまいそうな気がするので、やめておく。
 内気な少女を装い、ぺこりと一度頭を下げると、一目散に試験官の前から退散した。

「ひーちゃんの馬鹿……! ひーちゃんのせいで、余計な恨み買ってるじゃん!」
「恨みって?」
「試験官のお姉さんのことだよ! あー怖い……」

 小さな声でやり取りしながらも、意識を試験官に向けることは忘れない。いつどんな時、会話を聞かれているか分からない。
 ていうかハンター試験なのに、そんな怖い試験官なんて居て堪るか。これって入試みたいなものじゃないの?

「ボクのせいじゃないよ◆」
「はぁ? どう考えたって、ひーちゃんが試験官に殺気飛ばしまくりなのが悪い。初っ端から喧嘩売ってどうするのさ」
「本物のハンターっていうからねぇ……どれくらい強いのか気になるんだよね◆」
「……はぁ……」

 ダメだ。ひーちゃんに一般論を語ること自体が間違ってる。ひーちゃんはひーちゃんルールで生きてるんだった。
 そっとぎーちゃんを眺めると、もう終わってるよとひーちゃんに耳打ちされた。俺の視線ってそんなに分かりやすいのだろうか。それって問題だろ。
 ぎーちゃんもすぐにこちらに気づいて、曖昧な笑みを浮かべてみせた。……いや、曖昧っていうか、あれはきっと……。
 俺もぎこちなく笑みを返す。ぎーちゃんの視線が外れた。銅鑼が鳴ったからだ。

「はい、終了! ブタの丸焼き料理審査は、70名が通過!」
「70人……随分多いね」
「きっとこれから、沢山落とすんだよ◆」

 ひーちゃんの言い方が厭で、俺は引き攣った笑みを浮かべる。……やめてくれ、ぶたさんの丸焼きも俺は満足に作れないというのに。
 しかしひーちゃんのその台詞は当たっていることを後に知る――

「二次試験後半……あたしのメニューは、スシよ!」

 ………………スシ?


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