会場で



 ひーちゃんが途中、寄り道をしたせいか、俺たちが着いたのは40番台中盤だった。
 泣きそうになったが、ひーちゃんから45番のプレートを手渡され、俺は大人しく受け取る。

「泣かないの◆……いいかい、カナ、ここでは大人しくしてるんだ◆」
「……どうして」
「まぁ、イルミが着くまでの辛抱さ◆」

 大人しくの意味が分からなかった。俺が公共の場で、大人しくしていなかったなんてことあっただろうか。
 途中俺が、暇を持て余してひーちゃんに構ってと泣き付いたりしたが、結局構ってくれなかったので、寝た。
 起こされた時にはもう、周りの人は動き始めている頃だった。

「ボクについてくるかい?カナ◆」
「……ついてく、って、どういう意味?」
「……寝起きで、頭が回ってないみたいだね◆」

 カナちゃんならこんなの楽勝だろ、と言われるが、たまったものではない。
 どういうことか分からないが、多分きっと次の試験会場へ移動するのだろう、周りからは続々と人が消えていく。

「連れてって、ひーちゃん」
「参ったな……ボクは、あんまり体力に自信がないのに◆」

 嘘ばっかり、と言って俺はひーちゃんの方に手を伸ばす。
 ひょいと横抱きにされ、少し遅れた形で周りに着いていく。
 後ろから見守る方が楽しいのだろう――ひーちゃんは、あくまで本気は出さずに周りを見極めるつもりだ。

「……ん? ひーちゃん、ぎーちゃんはどこ?」
「301番だよ◆」
「遅かったんだね……何してたのかな」
「さぁね◆」

 あいつの考えることは、ボクにもよく分からないから◆と言うひーちゃんに、心の中で同意する。
 ……ぎーちゃんほんと、何してたんだろうなぁ。お仕事かなぁ。
 まさかぎーちゃん程の人が、本気で迷ってたわけもないだろうし。

「でも、手を抜くつもりみたいだね◆」
「何が?」
「ほら、紛れてる◆」

 確かに、301番のプレートを付けた男は周りの試験生に紛れていた。
 ちょっと見た目は怖いが――いい具合に、紛れているのではないだろうか。
 ……俺たちからしてみれば、“タダ者ではない”雰囲気満載だが。

「でもやっぱり、ぎーちゃん怖くない」
「それは、カナちゃんがそう思うからじゃないかな◆あれを解く時はなかなか面白い◆」
「……そう思うの、ひーちゃんだけだと思うよ」

 そんな事を話していると、急な階段に差し掛かる。ここまでに何人が脱落したのだろう。まぁ軟弱な試験だから、そこまででもないだろうが。
 一体どこまで続いているのかと上を見上げると――1人の少年と、目が合った。

「……ひーちゃん、あれ、誰?」
「どっちのことかな◆」
「緑の服も、銀髪も。どっちも」

 心なしか、銀髪の少年は見たことがある気がする。誰だったっけ。
 少年が目を逸らしてから、ひーちゃんはわざとらしく溜息をついた。

「片方は、キルアだよ◆銀髪の方◆イルミから聞かなかった?」
「え? あー……どうりで」

 どうりで、見た事があると思った。

「緑の方は……名前しか知らない◆ゴンと周りは呼んでいた◆」
「ゴン? ふぅん……なんか、ハンターになりそうな顔してるよね」
「そうかな?」

 楽しそうに聞き返すひーちゃんに、俺は答える。

「素質は十分だ。ま、まだ一次試験だから確かなことは何も言えないけど……うん、そんな気がする」
「……ふぅん? まぁでも、カナちゃんの勘は当たるからね◆きっとそうだろう◆」
「そんな買い被らないでよ」

 階段が終わり、外に出る。
 俺たちが見た景色は――広い湿原と、一面の霧。
 試験官と離れてしまえば無事には戻れないと、その濃い霧は暗に告げていた。

「……カナ、ボクが良いって言うまで、顔上げないでね◆」
「え? それって、どういう」
「俺が本物の試験官だ!」

 俺が聞きかけている最中に台詞を被せられ、イラッとなる。更にひーちゃんに頭を押さえ付けられ、反発心が増した。
 しかし――ひーちゃんが言ったことが気になったので、俺は大人しくひーちゃんの肩口に顔を埋めることにする。
 ひーちゃんはあまり嘘をついたことがないし、ひーちゃんがわざわざ言うということは、俺にとってよくないことをするということだ。
 ……例えば、殺しとか。

「――え?」

 誰かが声を漏らす。起こったことが、まるで信じられないとでも言うように。
 でも俺にはよく分からない。ひーちゃんの言い付けをよく守り、見ないようにしているから。

「やっぱり、偽物の試験官だったね◆」
「……ひーちゃん、何したの?」
「いや、ちょっと試しただけさ◆」
「44番」

 ちょっとって何だ、とか思っていると、厳しい声が飛ぶ。
 あー……試すって、そういうことね。試験官が本物かどうかということ。
 大方、騙そうとかいう馬鹿な奴でもいたのだろう。
 終わったのかと思い顔を上げかけると、今度はより強く頭を押さえ付けられた。
 耳元で囁く声。

「まだ終わってないから、顔上げないで……耳を塞いでて◆」

 直後に、猿のような悲鳴。……この湿原には猿も生息するのか。そんな所通りたくないなぁ。
 そんなことを考える。ひーちゃんへの叱責はまだ続いていた。

「混乱に乗じて受験生を何人か連れ去ろうとしたのでしょうな。しかし――今後、私への攻撃は、試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね」
「はいはい◆」

 ギャアギャアという五月蝿い鳥の鳴き声が聞こえた。
 肉のちぎれる音、周囲の静寂。
 あれが敗者の姿ですと、試験官は言った。

「……ヒソカ、」
「大丈夫だよ◆」

 小さく小さく呟いて、抱きしめられる。
 あのヒソカともあろう人が、俺のような子供を抱えて試験に臨むなんて、異様ではあった。走っている最中も、きっと周囲にはそう思われていたことだろう。
 ――しかし、ヒソカは拒まない。俺がヒソカの力を当てにすることを。
 だから俺も、甘えているのかもしれなかった。

 すぐに一行は出発したが、俺はまだヒソカの首に手を回し、ぎゅっとしがみついていた。


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