「あ、ちょっと、ひーちゃん!」
船からゼビル島へ行くのは、タワーを脱出した順に、2分毎に時間を置いてからだ。
1番のひーちゃんがあっという間に居なくなるのは当たり前だが……ちょっと、絶使ってそうな気がするんですけど。
念の使い手なんか居ないのにな、と思いながら続いて俺も下船する。
(……いや、もしかして、これは)
俺を撒くためだろうか、と思うと、自然と足が止まった。
「有り得る……じゃなきゃ、絶を使う理由がない」
監視員を撒く? ――否。
そんなことをする意味がない。
「念の使い手じゃなきゃ、発するオーラは見えない。ゆえに、絶を使う理由がない」
森の奥へ、奥へと移動しながら考える。
ひーちゃんは追わないことにした。ひーちゃんの獲物が俺である可能性もあるからだ。
「――俺が、獲物?」
自分の思考に、不意に足が止まる。
「そうか……だから、ひーちゃんは……俺から離れて……」
そうか。そういうことだったのか。だから、俺に番号を告げることもなかった。
俺は胸に付けていたプレートを外し、懐にしまい込む。
――これで、単純に取られることはなくなった。
「まさかね……でも、俺は一応、ひーちゃんの恋人だし」
まさか、殺されるってことはないだろう。
2日目、歩いているぎーちゃんに会った。
「あ、ぎーちゃん」
「……カナ」
ぎーちゃんの表情は変わらないが、声で少し驚いているのが分かった。
「1人? ヒソカは?」
「……フラれた」
「は?」
珍しくぎーちゃんの感情が揺れる。意味がわからないと言いたげな声だ。
俺は泣きそうになる。考えるだけで、鼻の奥がつんとする。
「あのね……ひーちゃん、先に下りちゃって、絶まで使って。獲物の番号も教えてくれなくて……もしかしたら、俺が、獲物なんじゃないかって……」
「……そういうことか」
ぎーちゃんの手が、ぽんと俺の頭の上に下りてきた。
……手は、普通なんだな。いーちゃんのまま。
「ぎーちゃん?」
「ヒソカに聞いてあげるよ」
「……本当?」
言うなり、ぎーちゃんは通信機を取り出し、無線通信を試み始めた。
「……ヒソカ? もうプレートとったか?」
『いや、まだだよ◆』
息を殺すと、ひーちゃんの声も辛うじて聞こえる。
つんとなって、洟でもすすりたい気分だったけど、自分の耳で聞くために我慢した。
「どうせ、獲物が誰かわかんないんだろ」
『うん◆』
「教えてやろうか」
暫しの沈黙。
『いいよ◆テキトーに3人狩るから◆』
一方的に切れる通信。俺はぎーちゃんから通信機を奪い取り、通信を試みる。
「ひーちゃん! ひーちゃん!」
『……ん? カナちゃん?』
「そうだよっ」
ギタラクルと一緒に居るのか、という呟きを通信機は拾う。
「ひーちゃん、あのね、俺、」
『無事でよかった◆』
「……え?」
俺が聞き返すと、聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で、返答がきた。
『気をつけて◆敵はどこから来るか分からないよ◆』
ひーちゃんのその言葉が聞こえたきり、通信は途絶える。
それからも何度か通信を試みたが、相手が応答してくれなかった。
「ひーちゃん……自分の言いたいことだけ言って……」
「ヒソカ何か言ってた?」
「……特には」
ただ、俺が獲物の可能性は、更に高くなった気がする。
「……一緒に行くか、カナ」
「え?」
「俺もカナが心配だし」
2人居た方がいいんじゃない、と言われ、俺は迷わず頷いた。ぎーちゃんは、味方につけておくに越したことはない。
「行こう、ぎーちゃん」
プレートが早く集まる可能性もあるのだ。
俺が跳ねながら道を選んでいくと、突然槍を持った男に遭遇した。
「わっ!?」
「すばしこい奴だ……」
槍。間合いが広すぎる。
とりあえず距離を取ろうと跳ねて後退したものの、すぐにまた詰められた。
「こんなん、反則だよぅ……きゃうっ!?」
俺は突然、奇声を上げて転ぶ羽目になる。足元の木の蔦に気づかなかったのだ。
せめて、遥か後方のぎーちゃんに気づいてもらえれば、俺の生存確率は一気に跳ね上がるのに。
しかし転んだままの体勢の俺は、今にも振り下ろされそうな槍を見つめるしかなく。
「……ッ!」
「その子から離れて」
目を開けると、俺はぎーちゃんに抱き起こされている瞬間だった。
槍の男は悔しそうな顔をしている。……何で?
「お前……ヒソカは、どうした?」
「えっ!?」
「別行動」
何も答えられない俺に、ぎーちゃんは一言、冷たく答える。
「私は、ヒソカと戦いたいのだ」
「……何のために」
次に切り返したのは、俺。
何で、ひーちゃんと戦いたいのか。
俺はぎーちゃんの手を借りて立ち上がる。
「強い敵と戦いたいのだ」
「……ぎーちゃんだって、十分強いよ」
「私はヒソカと戦いた」
「ヒソカの名前を呼ばないで!」
馴れ馴れしいんだよ、と言って、俺の手は反射的に動く。
男の腹部の左下辺りが、血に染まる。……少しやりすぎてしまったかもしれない。
「……カナ、今念使った?」
「う、少しだけ……でも、少し古傷を開いて、ちょっと血しょう板の数減らしただけだもん……」
「……失格かな」
「えっ、嘘!?」
わかんないけど、とぎーちゃんはあっさり言う。
「な、何故、こんなことが、」
「早く行きなよ。本当に死ぬよ?」
「!」
救ってやれ、とはぎーちゃんは言わない。
男を治すのにも念は必要。これ以上の行使は危険。
“人間の細胞を操る”能力なんて、俺にも負担がかかりすぎるし。
「……? カナ、行かないの?」
「あ、うん」
歩き出した男の後を追い、足を踏み出すぎーちゃんだったが、動こうとしない俺に不審感を覚えたのかもしれない。
立ち止まって俺の方を見る。
俺は苦笑しながら、首を横に振った。
「俺は、いいんだ。……その……これで、ひーちゃんの獲物がもし俺だったら、本当に取り返しの付かないことになる」
ぎーちゃんは頷く。男を追って行くようだった。
俺はまた、1人になった。
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