ゼビル島第2日目



 ゼビル島まで約2時間の船内。
 船の中はあまりに空気が重くて、疑心暗鬼で、やるせなかったので、俺はひーちゃんを置いてゴンたちの許を訪れた。

「ゴン、あーちゃん」
「カナ」
「どうしたの?」
「いや、さ、」

 船の壁にもたれる2人。俺は向かいに座り込む。

「なんかね、皆難しい顔してるから、ヤになって。ひーちゃんも、何考えてるか知らないけど、何にも答えてくれないからさぁ」
「……あ、お前、プレートは外さなくていいのか?」
「ん?」

 あーちゃんに指され、俺はつられて自分の胸を見る。

「あぁ、うん。だって、俺が45番っていうのはもう分かりきってるでしょ? ひーちゃんも外してないし……ゴンとあーちゃんが外してないのも、同じ理由だよね、きっと」

 他の受験生を侮っているわけではない。
 今回は味方に居るから良いけど、ひーちゃんもぎーちゃんも相当な使い手だ。
 だからこそ。

「……同じ、かもな」
「そんな事したって意味ないと思うんだよね」
「ん、俺もゴンと一緒」

 勝てる自信はないけれど、少しでも楽しみたいから。
 いざとなったら念を使えばいいだけ。……でも、絶は良いんだっけ?

「あ、ねぇ、もしよかったら獲物の番号教えてよ」
「……俺は、カナじゃないぞ」
「俺も」
「え、本当?」

 見せてもらえる筈もなく。

「俺もさ、ゴンとあーちゃんじゃないよ。……もしそうだったら、交渉しようかと思ってたんだけどね」

 ぎこちない笑み。しかし、憂いは少し減った。
 この2人が敵にならなかっただけ、マシかもしれない。俺は、彼らをひーちゃんやぎーちゃんと同じくらい、敵に回したくない。

「ねぇ、よかったら、もう少し俺と話さない?」
「うん、いいよ」
「悪り、俺向こう行くわ」
「ん」

 じゃあねあーちゃん、と手を振る。

「生き残れよ、ゴン、カナ」

 あーちゃんはスケボに乗って行ってしまった。

「生き残れ――か」
「そうだよね。死ぬ可能性、あるんだもんね」

 俺は、震えるゴンを見つめる。
 歓喜か恐怖か――何となく、ゴンの獲物の予想が付いてしまった。

「……まだ11歳なのに、命を賭けることするなんて、怖くないの?」
「え?」

 ゴンは握っていた手を解き、こちらに目を向ける。

「間違ったら死ぬんだよ? 今までの試験もそうだけど。ハンターになれなくたって、いい人生を送ることはできる。――なのに、ゴンは、」
「泣かないで、カナちゃん」
「!」

 ゴンの手が頬に伸びてくる。
 まだ泣いていない筈だったが――心配されているのだろう。

「カナちゃんが心配することじゃないよ。ハンターになりたいと思って、試験を受けてるのは俺なんだから」
「……でも」
「……それに、俺には絶対にハンターになりたい理由があるんだ」
「理由?」

 伝っていたらしい涙を指で拭われる。

「俺の父さんがハンターでさ。言ったよね? ずっと、父さんの従妹が育ててくれてたんだ。その人は、俺がハンターになるの、嫌がってたけど……そこまでしてなりたい仕事に、興味があるんだ」
「……ゴンの、父さん」

 ゴンを改めて正面から見て、漸く分かった。
 ――そうか、どこかで会ったことがあるかもしれないというその錯覚は。

「そっか……なれるといいね、ゴン。俺、応援してるから」
「うん、ありがとう」
「だから、こんなところで死なないで」

 俺はゴンの手を握る。

「試験は今年だけじゃないよ。ここまで来たら、来年は試験会場まで無料招待だっていうし……とにかくさ、死んだらもう、どうしようもないから」
「うん」

 ゴンも握り返してくれる。
 年上の俺の方が、よっぽど怖がっているみたいだった。

「ね、お願いだから、気をつけて」
「……カナちゃんは、どうして?」
「え?」

 次はゴンが質問してくる。

「カナちゃんは、どうしてハンター試験を受けてるの?」

 ハンターになりたいのか、とは聞いてこなかった。
 俺の目的は、ある程度は分かられているみたいだ。

「俺は……まぁ、主には、ひーちゃんのストッパー役だよ」
「ストッパー?」
「うん」

 聞いてない? と言って口を開く。

「ひーちゃんさ、去年もハンター試験受けたのに、落ちてんの。試験官半殺しにしちゃってさ……なんか、去年のこと、恨まれてるみたいでさ。タワーの中でもひーちゃんに挑んでくる奴が居た」
「あー……聞いたかも」
「うん。でね、俺は去年は受けてなくてさ」

 去年のハンター試験の時期――俺は、確か風邪をこじらせて寝込んでいた気がする。
 それまでもハンターというのに興味が全く湧かなくて、ひーちゃんが必要に迫られて受けると言うから、俺も便乗しようかと思ったのに。

「俺が居たら、ひーちゃんもしかしたら、去年受かってたかもしれないのにさ」
「だったら俺も、ヒソカやカナちゃん達と会わなかったかもしれない……ってことか」
「あ、それはちょっと寂しいかも」

 わざと眉をしかめてみせると、ゴンは声を立てて笑う。

「でもさ。カナちゃんが受けた理由、それだけじゃないんじゃない?」
「!」

 笑顔のまま、ゴンは言った。
 他意は無いのかもしれない。俺は知らない内に手を離し、警戒する。

「……そう、だね。それだけじゃない」
「やっぱり?」
「俺は、純粋にハンター試験を楽しみたいと思ったんだ」

 ある意味で、あーちゃんと同じような思考回路。
 あーちゃんに言ったら怒られるかも。

「……ねぇ、ゴン」
「ん?」
「俺がさ……俺が、何言っても、友達でいてくれる?」

 “友達”? ――そうか、違和感の正体はソレか。
 俺は今まで、友達の存在なんて考えたことがなかった。
 そこまで重要とも思わなかったし、ひーちゃんの傍に居れば、そんな人ができなくて当たり前だった。

「勿論だよ!」

 友達はさ、そんなことでやめるものじゃないんだ。
 まるで、ゴンは自分に言い聞かせるように言う。

「……本当?」
「本当!」
「……じゃ、言うけど」

 いや、あーちゃんとも少し違うかもしれない。俺はあくまでひーちゃんと同類なのだ。
 類は友を呼ぶ、というけれど、本当に。

「俺はさ……人の死体とか、血を見るのは大っ嫌いなんだけど、自分で殺すのは……何故か……平気なんだよね」
「……ふーん?」

 ゴンは首を傾げる。

「変なの」
「うん……え、あの、ゴン」
「ん?」

 声が震えた。
 馬鹿だ。怖がっているみたい。

「俺のこと……怖くない、の?」
「え?」

 次は、ゴンが俺の手を握ってきた。
 どう思われているのか知るのが怖くて、拒絶されるのが恐くて、俺は思わず手を引く。

「……怖がってるのは、カナちゃんの方だよ」
「!」
「俺は大丈夫。どんな人でもカナちゃんはカナちゃんで、俺の友達だから」

 ――そうか、友達って、そういうことか。
 難しいものだ。互いを理解し、受け入れなければならない。
 そのままでいいよ、なんて俺は誰に言えるだろう。

「ゴン……」
「あ、もうそろそろ着くみたいだね」

 下船の準備をするようにという意のアナウンスが入る。揺れる船の上で、ゴンは立ち上がった。

「じゃ、行こうか、カナちゃん」

 そう言って、ゴンは俺の方に手を差し出してくる。
 ――どうして、そんな事ができる?
 俺は敵かもしれないのに。

「……うん」

 それでもその無垢な手を振り払うことは、今度はできなくて、俺はその手に怖ず怖ずと自分のそれを重ねた。


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