『44番ヒソカ、3次試験通過第一号! 所要時間6時間17分』
その広い石のホールに出た瞬間、俺は膝から床に崩れ落ちた。
『45番カナ、3次試験通過第二号! 所要時間6時間17分』
「大丈夫かい? カナちゃん◆」
「ん……へい、き」
ひーちゃんに抱き抱えられるようにしながら、俺たちは壁際に向かう。ひーちゃんも疲れている筈なのに、俺がもたれることを了承してくれた。
長い道のりがつらかったわけではない。長い間、気を張っていなくてはならなかった彼の不運を思っただけだ。“俺”という足手まといが居るから。
1人で塔を攻略するより、余程大変だったろう。
「あ……傷の、手当て」
「大丈夫だよ◆それよりカナちゃんは、寝た方がいいんじゃないかな?」
「え……?」
「具合、よくないだろう◆」
俺は黙った。黙るしかなかった。
どうしてそんなに、俺について、俺より詳しいんだろう。
俺はひーちゃんのことを殆ど知らないのに。
「まぁ、本調子とは言えないけど……ひーちゃんの傷だって、浅くないでしょ」
「ボクは大丈夫◆それよりも、ここでカナちゃんに倒れられる方が困るから◆」
「……そっか」
説得に乗せられるつもりはなかったが、ひーちゃんの足手まといになるのは嫌だ。俺は渋々了解して、胡座をかくひーちゃんの足の上に座る。
向かい合うようにして馬乗りの恰好で、俺はひーちゃんの背中に腕を回し、首筋に顔を埋めた。
「ごめん、ひーちゃん……少しだけ、寝かせて」
お休み、と言うと一瞬身体を離され、軽いキスが降ってくる。
起こされたのは、試験開始から40時間が経った頃だった。
「俺……どれくらい寝てた? ひーちゃん」
「寝ぼけてるみたいだね◆……1日半くらいかな◆」
「……寝すぎ……」
伸びをして周りを見回すと、ぎーちゃんが目に入る。
ここに居るのはまだ、ひーちゃんと、俺と、ぎーちゃんだけだった。
「皆遅いんだね。何してるんだろ?」
「きっと色んな試練があるんだよ◆」
そうだろうけどさ、と続ける。
「なんか、身体すごく痛い……凝り固まっちゃってるというか。ちょっとぎーちゃんの所まで歩いてくる」
「うん◆」
俺がひーちゃんから離れ、立ち上がると、ひーちゃんはすぐに眠ってしまったようだった。
ひーちゃんがそんなに早く眠りに就くのは珍しくて、早く寝るのは危険が全くないか、疲れているか、そのどちらかだ。
多分、今回はぎーちゃんも居るし、どちらの理由でもあるのだろう。
「ぎーちゃん! お疲れ様!」
「カナは、ヒソカとクリアしたのか?」
「うん」
ぎーちゃんの側に寄り、俺は、トリックタワー内部に落ちた経緯を話した。
「1人用を2人で通るなんて……ヒソカもなかなか凄いことするな」
「だよね。いくら俺に引っ張られたからって、ひーちゃんならいくらでも体勢立て直せるだろうにさ、俺と一緒に落ちてくるなんて、やっぱ愛だね」
「……そうかもね」
ぎーちゃんの反応はつれない。というか、カクカクした動きが怖い。
「あ、ひーちゃんの傷、治さなきゃ」
「傷?」
「さっき話したでしょ、落ちてくる時に、ひーちゃんが擦り傷いっぱい作っちゃってさ」
何故だか曲刀の男のことは言いたいと思えなくて、そこは都合よく黙っておくことにした。
「放っておけば?」
「……へ?」
「放っておけば、って言ったんだけど」
いや、聞こえてましたよ、お兄さん。俺の耳はしっかりとあなたの言葉を捉えてました。
聞き返したのは、ぎーちゃんらしくない台詞だなと思ったからで。
「放っておくって……何で? あの感じじゃあ、好血蝶なんかいっぱい寄ってきそうなんだけど」
「カナは虫嫌いだっけ……でも、カナだってそんなことできる体調じゃないでしょ」
「!」
ぎーちゃんは遠くを見たまま続ける。
俺は視線を逸らせなかった。
「あれには体力を大分消費するんだろ? 今カナに倒れられて困るのはヒソカだと思うけど。……それに、これはあくまでハンター試験だから、念を使うのはあまり好まれないみたいだ」
「……そうなの?」
試したわけじゃないんだけどね、とぎーちゃんは小さな声で添えた。
「ずっと監視されてるし」
「あ、うん。ぎーちゃんが言うならやっぱりそうだよね。気のせいだって思おうとしたんだけどさ」
多分、雇われた現役のハンター。こちらを窺うような、鋭い視線が時折身体を撫でる。
絶を使ってという本格的なものではないらしい。受験生の殆どは、念の存在も知らないひよっこたちだから。
「じゃー……念使ったら、怒られるかな」
「どうかな。やってみれば?」
「……いや、いいや」
ぎーちゃんの言う通り、俺は体調があまりよくないし、俺の技は多量の体力と精神力を必要とする。
念を使って失格になるのも馬鹿らしい。
「……あ、でも、ぎーちゃん聞いて」
「何?」
「俺、絶使っちゃった」
ぎぎぎ、と音を立てそうな感じでぎーちゃんの顔がこっちに向けられる。……怖いんだけど。
「……絶ならいいんじゃない?」
「だよねー」
発と違って、他の人に迷惑かけないし。
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