トリックタワー第1層



「……起きて、カナ◆」
「ん……?」
「もうそろそろ、着くみたいだよ◆」

 目を開ける。……眩しい。
 目の前には、ひーちゃんが居た。

「ひーちゃん……んー、おはよ」
「カナちゃんが、朝から甘えてくるなんてね◆何かあった?」
「んーん、別に」

 ちなみに今のは、俺が腕を伸ばして、ひーちゃんの首筋にキスをしただけだ。

「……あれ? ぎーちゃんは?」
「もう行ったよ◆」
「行った?」

 どこに、と身体を起こすと、そうか今までひーちゃんの膝枕だったのかと気づく。どうりで昨夜と違うわけだ。
 周りを見回すと、そこは確かに、俺がいーちゃんと一緒に寝た場所だった。

「今何時?」
「9時半……かな◆」
「え!?」

 確か飛行船の到着時刻は、8時と言っていた筈。しかし今は、その1時間半後。
 一体どういうことだとひーちゃんに詰め寄ろうとした瞬間、放送が流れた。

『皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です』
「!?」
「着く前に起きられてよかったね、カナちゃん◆」
「……な、」

 ――そもそも、着いてなかったのか。
 ひーちゃんの笑顔に力が抜け、俺はがっくりと床に手をついた。

「行くよ、カナちゃん◆」
「うぅ……はい……」

 何だか、してやられたような気分である。しかし、はぐれないようにひーちゃんの手を握ったまま飛行船から下りる。
 何もないし、誰もいない――というか、外を全く見ていなかった俺には、ここが何やらさっぱり分からない。
 1人でクエスチョンマークを飛ばしまくっていると、前方で誰かが説明を始めた。

「ここは、トリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが、三次試験のスタート地点になります」
「塔のてっぺん……?」

 ひーちゃんの方を見上げても、ひーちゃんはこちらを見ることなく、答えてはくれない。

「さて、試験内容ですが……試験官の伝言です」

 皆の間に緊張が走る。……ってか、あの人は試験官じゃなかったのか。

「生きて、下まで降りてくること――制限時間は、72時間」
「……え?」

 説明はそれで終わりのようで、説明をした彼は飛行船に戻っていく。
 それではスタート、という声が聞こえたので、俺は今度は明確にひーちゃんに尋ねてみることにした。

「ねぇ、ひーちゃん」
「何だい、カナちゃん◆」
「72時間ってことは――何日も、こんな塔の中で過ごさなきゃいけないの?」
「中?」

 ひーちゃんが俺を見下ろす。

「この塔は、中を降りていくのか?」
「うん。ここね、隠し扉いっぱいだよ? 体重じゃ開かないけど、ちょっと押したら反応するみたい」

 どうやらひーちゃんは気づいていなかったらしい。俺は、ここに降りた時から違和感あったから、ちょっと調べてみただけなんだけどね。
 飛行船が見えなくなって、周りの受験生がざわめき始める。1人の男が、 外壁を伝って下りていった。

「カナちゃん、見ない方がいい◆」
「え? 何を?」
「それと、耳も塞いでおいて◆」

 ひーちゃんは突然そんな事を言い出す。しかし、いつもの事で、多分あまりよくないことが起きるのだろう。
 俺は目をつむる。両手で耳も塞ぐ。そうすると、ひーちゃんが見えなくなった。

「ひーちゃん待って、どこ――うわ!?」

 咄嗟に伸ばした手は、ひーちゃんの服に触れる。俺はそれを迷いなく引っ張る。
 悲鳴は何かの鳥の鳴き声、男の断末魔と重なり、幸いなことに周りには聞こえなかったみたいだった。
 ガコン、と床がひっくり返り、俺は落ちていく。

 ――ついでに、ひーちゃんも。

「って……」

 大分勢いよく落ちた。しかし不思議と身体に痛みはない。
 どうしてだろうと思ったら、俺の下にはひーちゃんが居た。

「ひーちゃん!? 何でそんなとこにっ」
「……カナちゃんに引っ張られたから、落ちてきたんだけど◆」
「わ、もしかして、俺を庇って? ひーちゃん意外といい人なんだね!」

 ひーちゃんは何も言わない。……照れてるだけかも。いやそんなキャラじゃないか。
 しかしこの体勢はまずいんじゃないかと漸く思い直し、俺はひーちゃんの上で馬乗りになっていた状態から転がり下りた。

「でも、びっくりだなぁ………あの隠し扉、1人しか通れないような気がしてたんだけど」
「誰かさんのせいで、色んなとこ擦りむいたよ◆」
「あ、そう?」

 じゃあ後で治してあげるから我慢してね、と言いながら、この部屋に唯一設けられた扉を押す。
 ガコンと音が鳴り、そこには廊下が続いていた。

「うわぁ……ねぇひーちゃん、向こうまで見えないくらい、廊下が広がってるよ」
「ボクが先に行く◆カナちゃんは、気をつけながらボクに着いてきて◆」
「うん、分かった」

 異存はない。俺に戦闘能力は皆無だから。
 こんな未知の塔だから、先を進むのは強いひーちゃんの方がいい。

「背中には気をつけて◆」
「分かってるってば」

 俺はひーちゃんの手を取り、ひーちゃんの速度に合わせて進む。
 わがままは言えない――ここは、相当高い塔だ。
 持久力にはそれなりに自信がある。ひーちゃんに合わせて進むのは、苦ではない。


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