闖入者

「ここが、Auguste Laurantのアトリエか……」

 ぽつり、たった1人の行程で呟く。
 或る晴れた日の昼間、俺は小高い丘の上に建つ、1つのアトリエを見て立っていた。

 ここまで来るのに、随分掛かった。
 医者には止められるし、何度も倒れそうになったし。
 けれど、病床で見たあの彫刻を作った人が見たくて、俺はここまで来てしまった。
 曰わば、意地のようなものだ。
 人がいずれ死ぬものならば、死ぬ前に1つだけでも、想った夢を叶えておきたい。
 待つ人が居ないのならば、尚更だ。
 そうして俺は医者の反対を押し切り、空気の綺麗な田舎街から出てきた。

 町から街へ尋ね歩き、人々に彫刻家の噂を聞いて回った。
 人々に聞けば、気難しい人だと口を揃えて言うけれど。
 芸術家に、気難しくない人など居るのだろうか?
 誰も、自分にしか持ち得ない感性を磨いて。

「……よし」

 長かった。聞いた誰もが嫌な顔をする中。
 でも俺は、ずっと会いたかった。
 この作品を作った人がどんな人なのか知れれば、安心して死ねると思った。
 力尽きてもいい、最後に、初めて決めた事を成し遂げられれば。

 俺は気を引き締めて、扉をノックした。






「……はぁ」

 あれから既に、幾日も経つ。
 初めてアトリエの門を叩いた日、確かにアトリエの主と出会う事はできた。
 ……しかし彼は、予想以上に気難しかった。嫌な顔をする理由が漸く分かった。
 あなたのお陰で生きようと思えたんです、と伝えかけた。
 ――しかし、自己紹介の時点で、扉を閉められた。
 まだ半分もしていなかったのに、だ。
 彼は俺の名前も聞かずに扉を閉めた。
 木の扉の向こうで、帰れと言われた。
 ……まさか、こんな仕打ちをされるとは思わず。

「でも……でも、何とかして、この想いだけは伝えたい」

 あなたのお陰で、俺は初めて、希望という言葉の意味を知った。
 きっとあなたの作品は、世界の全ての人を救うだろう。……だから、これからもそのまま、作り続けてほしいと。
 おこがましいけれど、そう伝えなければ気が済まない。

「……とは言ってもなぁ」

 それは単なる押し付けに過ぎないかもしれず。
 首を捻ってみたものの、手元には帰りの船賃しかない。
 無駄には使えない。

「……もう少し、待ってみるか」

 アトリエを臨む丘に座り込む。










 暫く雨が降り続いた。
 そんな時、ふと、最近訪ねてきた少年の事を思い出す。
 誰に尋ねて来たのは知らないが、余計な世話だった。

「……ん?」

 窓の外。何かが見える。
 緑を臨む丘の筈が。

「まさか――」

 関係の無い事と割り切ればいい。いつものように。
 話は聞かぬと言った筈だ。後はどうしようと少年の勝手。
 ――厭な咳をしていたのは、忘れようもないのだが。
 似たようなものかもしれない、という嫌な予感が胸をかすめる。

「……だとしたら」

 入れてやらねばならないのか。それが人として当然だ。
 ――大丈夫。雨が止めば、また追い出せば良い。

 そっと玄関の扉を押し開け、降りしきる雨の中外に出た。






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