3時46分の話


 ――結局、一睡もできなかった。
 眠い目をこすりつつ、漏れる欠伸を噛み殺す。これは多分、生理的な現象だ。
 今日もまた、白みゆく空を見つめながら朝を迎えてしまった。

「眠……」

 眠たい気持ちは有る。――在るのだ。
 けど、身体がそれについていってくれないというか何というか。

「駄目だ……どうせ寝れないし、起きて勉強しよう」

 夏期試験は一週間後に迫っている。どうせ眠れない事は分かりきっているのだから、その時間を有効に使おう。
 仕方なく暖まったベッドから這い出し、俺は机に向かった。



 何でそんなに頭が良いんだ、と言う奴が居る。
 俺は家で寝ないで学校で寝る派なんだ、と答える。
 そいつがどこまで本気にしているか分からないが、それは俺にとって紛れも無く真実である。

「今回も1位だって? 澪士」
「ん? あぁ……そうみたいだな」

 折原臨也は変な奴だ。
 知識だけは豊富に持っているのに、俺みたいな奴に構ってそれを活かそうとしていない。
 いやぁ、こいつ、暗躍しそうなのにな。勿体ない。
 半ば哀れむような目で、俺はいつも彼を見ていた。

「あんなに授業中寝てるのに満点なんか出されたら、先生方も困るんじゃない?」
「じゃあ、眠れない時間に何をしろと……あぁ、ゲームか」
「何、眠れないの?」

 臨也は少しだけ眉をひそめる。

「あぁ。授業中は普通に寝れるんだけど、何故か家では寝れない」
「……そうなんだ」

 思案するような顔付き。
 やがて、答えを予め知っていたかのような速度で臨也は言った。

「じゃあ、俺、澪士の家に泊まりに行くね」
「は……ぁ?」
「もう夏休みになるし、夏休み初日っていうのはどう?」

 折原臨也ってのは主導権を握ると非常に強い人物のようで、あれよあれよという間に、臨也が俺の家に泊まりに来る事は決定事項になっていた。
 ……いや、俺も別に嫌じゃないし、いいんだけど。

「じゃ、決まり」

 そもそも、来て何をしようと言うのか。そこは全然聞いてないんだが。
 眠れない俺の為に完徹計画? ……嬉しいのか嬉しくないのか、分からない。
 溜息をついて、まだ喋り続ける臨也をよそに俺は窓の外に目を遣った。






 ついに迎えた夏休み本番。
 てっきりその場のノリで言ったのかと思っていたが、臨也は本当に俺の家に来た。
 大きな荷物を持って。

「澪士、来たよ」
「……本当だったのか」
「本当に決まってるじゃん」

 お邪魔します、と言って何とも自然な動作で上がり込んでくる臨也。……はぁ、まぁいいけど。
 どうせ俺1人は寂しい。この暑い夏に少しでも気を紛らわせるものがあれば。

 臨也とは、そこまで趣味が合う方ではないと自負していた。
 けど、一緒に居て嫌悪感を抱かない。そういう奴だった。
 俺と臨也は学校の事を中心にひとしきり盛り上がると、丁寧に世話された庭でスイカ割りをやってみたり、宿題を片付けたりと、夏休みらしい事をやってみた。
 夜になるにつれ話題が変わったりは、し――なかった。下品でも欲望でも何でもない。
 ただ、俺が眠いと言うと、眠くなるんだと臨也が笑っただけだ。

「どこで寝るの?」
「俺の部屋。……嫌なら、ここに布団敷いてもいいけど」
「嫌だなんて言ってないけど」

 まさか片付いてないってわけじゃないでしょ、と言う臨也を連れて階段を上がる。眠いので足元不注意だ。
 案内すると、即座に十分だという声が返ってきた。

「寝れる?」
「……多分、無理だと思う」
「じゃあ、澪士が寝るまで俺が起きててあげる」

 その言葉が俺にプレッシャーを与えたのかどうかは分からない。
 けど、母親が小さな子供にそうするように、背中を優しく撫でられていると、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
 朝起きるという行為が久しぶりで、自分がどこに居るのか、一瞬分からなくなった。

「――あ、」
「おはよう、澪士。普通に寝てたね」
「……あぁ、うん」

 案外簡単に眠れた。……でも、それは今日という日のお陰じゃない。
 そんな偶然が起きないことくらい、この生活を続けてきた俺には分かる。

「ありがとう、臨也」
「何で?」
「俺は、臨也が居たから眠れたんだ、きっと」

 そう言うと、臨也は一瞬だけ驚いたような顔をして。
 すぐに笑った。すごく綺麗な笑顔で。

「そう。どういたしまして」

 俺も思わずつられて笑った。



 しかしその日、臨也が帰ってしまうと俺はまたもや眠れなくなった。
 それからというもの可能な日は全て俺の家に来てもらって一緒に寝ているモンだから、これじゃ半同棲状態じゃんと臨也に言われて、笑えなかった。











(いいんだよ)
(澪士の寝顔見れるしね)



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