「あれ」
「あ」
丁度扉が開いた。
やった鍵を出す手間が省けたと思い彼の横を通り抜けようとすると、がしと肩を掴まれる。
「ちょっと。主人の許可もなく部屋に入るの? 澪士」
この家の主人――もとい臨也は、どうやらこれから出かける予定らしい。
「お邪魔します」
「……あのさ」
しかし臨也はいつも通りな服装だ。彼は黒い服しか持っていないのかと寧ろ不憫になる。
ねめつける様な視線に気付いたのか、臨也は少し眉を下げた。
「だって臨也さんもう出掛けるでしょうが。俺本当は、貴方が出掛けてから来るつもりだったんですよ」
「何かそれも問題だよね」
「じゃあ何で合い鍵渡したんですか」
少し考えるように黙った。わあ、俺って口喧嘩強かったんだ。
感動しつつ、俺は考える。
一体ココまで来て、俺は何がしたかったんだろうと。
「そうだね。そうだ。何をしようと君の自由だよ。そういえば俺は君に合い鍵を渡していたんだった」
古い方の、と言うのと同時に投げて寄越された物をキャッチする。
鍵だ、と思って臨也の方を見た。
「これ……?」
「あげるよ。俺の鍵。うちに入りたいなら入ればいいよ」
「でも、」
じゃあね、と言って臨也は俺の前から遠ざかっていく。一体何だったんだろうか。
とりあえず俺は少し黙った後ドアノブを回す。
……あれ、何で開かないの?
「……今の間で閉めたのか?」
そんな馬鹿な、いやでも臨也なら有り得なくはない、と思いつつ俺はポケットから鍵を出す。
受け取ったのは臨也の鍵だ、そう簡単に使う事はできなくて。
「…………開かない」
ガチャガチャやっていると思い出す。臨也の言葉を。
……古い鍵って何だ、どういう意味だ? 俺に渡したのは昔の鍵って事か。
それはおかしい前は開いたのだから、と考えると、鍵穴を変えたのだろうという結論にしか達しなかった。いや達せなかった。
「……まぁいいか、臨也さんが帰ってきたら聞こう」
問い詰めるのは苦手ではない。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
夜もほど近い夕方、主人は帰ってきた。……もしかして避けられてたんだろうか。
2度目の間食の為に買ってきたプリンを食べるところを臨也に見られる。
「あれ美味しそうな物食べてるね。澪士ってプリン好きだっけ?」
「昨日から」
「……そっか」
どうやら臨也は俺の好みがコロコロ変わるという事を心得ているらしい。
「それより臨也さん。この家の鍵が変わっているのは一体どういう了見でしょうか」
「あー、気付いちゃった?」
残念、と臨也はその綺麗な顔を歪めながら言う。
「実はね、部屋に不法侵入者が多くてさ。朝の度に荒らされた形跡があるからさぁ」
「へぇ。臨也さんもそういう事に悩むんですか、大変ですねぇ」
「……誰のせいだと思ってんの?」
怒った様子で言われ、俺は首を傾げる。……一体何故、俺がそんな事を言われなければならないのだろうか。
何も言わずにじっと見ていると、臨也ははぁと溜息をついた。
「仕方ないなぁ……本人に自覚が無いみたいだから、今日は許すけど。可愛い仕種に免じて」
「はぁ……?」
「次やったらお仕置きね」
お仕置き、という嫌な響きの言葉に俺の身体はびくりと跳ねる。
これは無意識だ、無自覚だ、俺に罪は全くない。強いて言うなら臨也のせい。
「あれ、何澪士、誘ってんの?」
「なわけ……!」
「じゃあ行こうか」
食べ終わっていないプリンと共に、俺は臨也に抱き上げられた。
その細腕のどこにそんな力があるのだろう。俺だって軽い方じゃないのに。
楽しそうな臨也の横顔。……あぁ俺も楽しみですよ、臨也さん。
「そんなに見なくてもいいって澪士。俺が格好いいのは分かってるんだからさ」
「馬鹿!」
「っつ……もう、惚れ直したからって、ってちょっ痛いから!」
べしべしと容赦なく叩いてみても、臨也は俺を落としそうにない。
……まぁそんなところも好きですよ、臨也さん、と口の中で呟くと、それが通じたかの様に彼はこっちを見て笑った。
10-8/15
(ところで俺の寝室に忍び込んで何やってたの、澪士)
(んな……!?)
(ふふ、赤くなっちゃってかわいーなぁ)
(言えないよ、臨也の匂いで一杯で、幸せだったなんて……!)